大渓里 (宜蘭県)
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大渓里内の主な河川は大渓川で、台湾の東北角から宜蘭に入ってから一番長い川。河谷地帯にあることから名付けられた。[2]
大渓里は清代に大渓に属し、日本統治初期、台湾総督府は明治三十三年(1900年)に行政区を分け、大渓を大渓、内大渓、罟寮、橋板湖の四つに分け、翌年の1901年に再分割し、四つを大渓とした。大正九年(1920年)に大渓を大字に変更し、外大渓、内大渓、合興(罟寮、橋板湖の二つを合併)の三小字を管轄した。戦後、中華民国政府は大渓、内大渓を大渓に合併させ、罟寮、橋板湖から合興を合興に合併させた。民国44年(1955年)年間、大陳島軍民撤退によって台湾に撤退し、民国45年(1956年)に忠孝新村に定着した。民国67年(1978年)に亀山島の住民が村を移し、仁沢社区を建てて島民を安置し、亀山里は大渓里と合併した。[2]
民国86年(1997年)10月21日、仁沢社区の亀山島に移住し、鎮民代表会情に請願し、仁沢社区を大渓から区切り出し、元の「亀山里」行政区を回復し、「亀山新村」と改名することを要求した。民国90年(2001年)7月1日に大渓里九から十二隣を区切り、亀山里の行政区画を回復した。[2]

