大狛百枝 From Wikipedia, the free encyclopedia 時代 飛鳥時代生誕 不明死没 持統天皇10年5月13日?(696年6月18日)?官位 贈直広肆 凡例大狛百枝時代 飛鳥時代生誕 不明死没 持統天皇10年5月13日?(696年6月18日)?官位 贈直広肆主君 天武天皇→持統天皇氏族 大狛造→連テンプレートを表示 大狛 百枝(おおこま の ももえ[1])は、飛鳥時代の人物。姓は造のち連。冠位は贈直広肆。 大狛氏は高句麗系渡来氏族で、高句麗の溢士福貴君を祖とするものと、高句麗人の伊利斯沙礼斯を祖とするもの[2]、の二流がある。なお、福貴君を第22代王安臧王の子とする系図がある[3]。 経歴 天武天皇10年(681年)4月12日に、大狛造百枝・足坏ら14人は連の姓を賜与された。 持統天皇10年(696年)5月13日に、大狛連百枝は直広肆の位と賻物(葬儀の際の贈り物)を贈られた。この日か直前に没したと考えられる。『日本書紀』中に現れるこの種の贈位は、決まって壬申の年の功に対してなされていることから、百枝も壬申の乱において大海人皇子(天武天皇)側に加わって功を立てた可能性がある。 脚注 ↑ 旧仮名遣いでの読みは「おほこまのももえ」 ↑ 『新撰姓氏録』河内諸蕃 ↑ 鈴木真年『百家系図稿』巻9,高麗百済、巻10,別記(宝賀寿男『古代氏族系譜集成』古代氏族研究会、1986年 による) Related Articles