大石和三郎 From Wikipedia, the free encyclopedia 生誕 (1874-03-15) 1874年3月15日 日本佐賀県鳥栖市死没 1950年12月18日(1950-12-18)(76歳没)研究分野 気象学研究機関 中央気象台大石 和三郎人物情報生誕 (1874-03-15) 1874年3月15日 日本佐賀県鳥栖市死没 1950年12月18日(1950-12-18)(76歳没)学問研究分野 気象学研究機関 中央気象台テンプレートを表示 大石 和三郎(おおいし わさぶろう、1874年〈明治7年〉3月15日[1] - 1950年〈昭和25年〉12月18日)は、日本の気象学者。ジェット気流の発見者として有名。エスペランティストである。 1874年、佐賀県鳥栖市生まれ。第一高等中学校予科尋常中学科、第一高等学校第二部学科を経て、1898年(明治31年)東京帝国大学理科大学物理学科を卒業[1]。さらに大学院で学んだ[1]。1899年(明治32年)中央気象台に入り、地磁気、空中電気の観測を担当する。1911年(明治44年)ドイツのリンデンベルク高層気象台及びポツダム気象台に留学した。帰国後の1920年(大正9年)に高層気象台の初代台長に就任した。 研究内容・業績 ジェット気流 1926年に刊行された「高層気象台報告第1号」で、大石は測風気球による高層気流の観測結果をエスペラントで世界に公表した。しかしジェット気流の命名と概念が確立する20年前のことであり、世界の反響もなく、注目を集めることもなかった。 エスペラント関連 留学先のポツダム気象台長の影響でエスペラントを学んだ[2]。1930年から1945年に第2代の日本エスペラント学会理事長を務めた[3]。 家族 父・大石東吉 ‐ 養父郡 (佐賀県)轟木村(現・鳥栖町)。平民。[4] 妻・遐年 ‐ 伊藤軍兵衛の孫。御茶水高等女学校出身。[4] 相婿に平山信、男爵木越専八、子爵加納久朗、長崎守一 脚注 1 2 3 『大日本人物史』お27-28頁。 ↑ 初柴武美『日本エスペラント運動史』 日本エスペラント学会、p31 ↑ 日本エスペラント学会の沿革 1 2 大石和三郎『人事興信録』第8版、昭和3(1928)年 参考文献 大石和三郎 デジタル版 日本人名大辞典+Plus 高層気象台彙報 2005年 要旨 高層気象台 武智ゆり「「ジェット気流」を発見した日本人―高層気象台長の大石和三郎―」『近代日本の創造史』第4巻、特定非営利活動法人近代日本の創造史懇話会、2007年、26-37頁、doi:10.11349/rcmcjs.4.26。 大石和三郎自叙伝 一般財団法人日本エスペラント協会 デジタルアーカイブ 『大日本人物史 : 銀婚記念 1925年』大日本人物史編纂社、1925年。 外部リンク 20世紀日本人名事典『大石 和三郎』 - コトバンク 典拠管理データベース 全般 VIAF WorldCat 国立図書館 ドイツ イタリア Related Articles