大石林継也 From Wikipedia, the free encyclopedia 大石林 継也(おおしのはやし の つぐなり、生没年不詳)は、平安時代前期の官人。姓は無しか。官位は従七位下・中務少録。 元慶4年(880年)4月の大膳史生・矢田部氏永による公文書偽造・官物詐取事件をきっかけに類似事象の調査が行われ、備前国・讃岐国の未収文が偽造されていたことが発覚。中務少録を務めていた継也を含む多数の出納の諸司が連座して下獄する。同年12月に藤原基経が太政大臣に就任した際の大赦が行われ[1]、この事件で投獄されていた者の多くが獄から出された[2]。翌元慶5年(881年)4月に関係者が左遷されたが、この際に継也は中務少録から豊後権大目に左遷されている。 官歴 『日本三代実録』による。 時期不詳:従七位下。中務少録 元慶5年(881年)4月28日:豊後権大目 脚注 ↑ 『日本三代実録』元慶4年12月4日条 ↑ 『日本三代実録』元慶4年12月4日条 参考文献 経済雑誌社 編『国史大系 第4巻 日本三代実録』経済雑誌社、1901年。https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/991094。 阿部猛『日本古代人名辞典』東京堂出版、2009年。ISBN 4490107617。 Related Articles