矢田部氏永 From Wikipedia, the free encyclopedia 矢田部 氏永(やたべ の うじなが、生年不詳 - 元慶4年(880年))は、平安時代前期の官人。姓はなしか。官位は正八位下・大膳史生。 大膳史生を務めていたが、元慶4年(880年)4月8日に諸司の収文(調庸物の納入を証明する公文書)を偽造して淡路国の調である塩代の米50斛余を横領していたことが発覚。これにより調査が行われ、備前国・讃岐国でも同様に未収文を偽造していたことがみつかり、多数の出納関係者が連座して徒罪となった。同年12月に、藤原基経が太政大臣に任ぜられた際の大赦が行われ[1]、この事件で投獄されていた者の多くが獄から出され、しばらくして左遷されたが、氏永は大赦を待たずに獄死した[2]。 事件で処罰された人物 氏名 官位 処罰内容 矢田部氏永 正八位下・大膳史生 徒罪(獄死) 藤原安養 従六位下・少監物 徒罪のち備後権掾へ左遷 国瀬十一也 正六位上・民部大録 徒罪のち安芸権掾へ左遷 水康宗 正六位上・主計大充 徒罪のち越中権掾へ左遷 大石林継也 従七位下・中務少録 徒罪のち豊後国#国司(豊後守・豊後介)豊後大目へ左遷 坂本勝守 従八位下・中務史生 徒罪のち下総史生へ左遷 船福男 大初位下・民部史生 徒罪のち紀伊史生へ左遷 珍努三津雄 大初位下 徒罪のち三河史生へ左遷 置始縄継 従八位下 徒罪のち隠岐史生へ左遷 膳常道 従六位下 徒罪のち伊豆史生へ左遷 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『日本三代実録』元慶4年12月4日条 ↑ 『日本三代実録』元慶5年4月28日条 参考文献 武田祐吉、佐藤謙三訳『読み下し 日本三代実録 下巻』戎光祥出版、2009年 『日本古代氏族人名辞典』p652、坂本太郎・平野邦雄監修、吉川弘文館、1990年 Related Articles