大石良尚
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広島藩士小山良至の五男として生まれる。大石氏は藤原北家秀郷流小山氏の支族である。
良雄の三男で大石家を継いだ良恭(大三郎)の女婿となり、明和5年(1768年)に良恭の後を継いで大石家の家督を相続したが、知行高1200石に減じられ平上士の扱いとなる[1]。良恭には妾腹とはいえ2人の直系の男子がいたが、家督を継げず養子を迎えた理由は不明である[2]。
後継者となった男子(良完[3])とその嫡男・良継が相次いで先立ち、嗣子がないため隠居できず、寛政9年(1797年)病んで大石家を去り、実家の小山家に帰って没した。嫡流の絶えた大石家は一旦断絶となったが、横田氏が大石姓を名乗り別家を再興した(横田流大石家)[4]。