大胡町 (前橋市)
群馬県前橋市の地名
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地理
赤城山南麓に位置している。
河川
- 荒砥川
歴史
南北朝時代頃からある地名である。江戸時代に入ると、宮関村という名前となり、はじめは大胡藩領だったが、元和4年に前橋藩領、明和5年に幕府領、天明5年に前橋藩領となる。
南北朝時代の長楽寺文書に「大胡郷」、戦国時代の彦部文書に「大胡庄」との記載があるが、大胡郷・大胡庄の中に野中村、神塚村、三俣村、上泉・堰口(石関?)村、宇坪井村、長安(長磯?)村、小屋原村、今井村、大嶋村、片貝村、小嶋田村を含んでおり、現在の大胡町あるいは旧勢多郡大胡町よりもかなり広い範囲に及んでいたとみられる。
大胡城は宮関村の北、河原浜村(現河原浜町)に築かれ、その城下町が同村内に形成されていた。前橋藩領となっても、酒井氏の時代には大胡城下を置き、武家地なども維持されていたが、松平氏の代になると、城代を廃し、武家屋敷も取り去った。しかし、糸市が立ち、宿の機能も果たしていたため在郷町として発展した。
年表
地名
世帯数と人口
小・中学校の学区
市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[7]。
| 番地 | 小学校 | 中学校 |
|---|---|---|
| 全域 | 前橋市立大胡東小学校 | 前橋市立大胡中学校 |