大谷杉郎
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略歴
1963年、ピッチを原料にして炭素繊維を作ることに成功。1969年には、ピッチを熱処理して得られるメゾフェーズ・ピッチを原料に用いると性能の高い炭素繊維が得られることを発見し、ピッチ系メゾフェーズ炭素繊維を発明した。これを受けて1970年には呉羽化学工業株式会社(現・株式会社クレハ)がピッチ系炭素繊維(等方性)の生産を開始している[3][4]。
- 1925年 -新潟県加茂市で生まれる。
- 1947年 - 桐生工業専門学校(現・群馬大学工学部)工業化学科卒業。
- 1960年 - 工学博士(京都大学)。
- 1962年 - 群馬大学工学部教授。
- 1988年 - 群馬大学地域共同研究センター長。
- 1991年 - 群馬大学名誉教授。
- 1991年 - 東海大学開発工学部教授。
- 1999年 - (財)群馬大学科学技術振興会理事長。
- 2010年 - 群馬県桐生市にて死去。
1983年から1992年まで、炭素材料学会会長を務めた。[5]。