大野俊一

From Wikipedia, the free encyclopedia

生誕 (1903-01-29) 1903年1月29日
日本の旗 日本東京都
死没 1980年3月26日(1980-03-26)(77歳没)
研究分野 文学(ドイツ文学)
大野 俊一
人物情報
生誕 (1903-01-29) 1903年1月29日
日本の旗 日本東京都
死没 1980年3月26日(1980-03-26)(77歳没)
出身校 東京帝国大学
学問
研究分野 文学(ドイツ文学)
研究機関 慶應義塾大学
学位 文学博士
テンプレートを表示

大野 俊一(おおの しゅんいち、1903年1月29日 - 1980年3月26日)は、ドイツ文学者比較文学者

1903年、東京・浅草に生まれた。第一高等学校を経て、東京帝国大学独文科に入学。1927年に卒業。1931年に渡欧し、パリベルリンで独仏語ならびに文学を学び、1935年帰国。

帰国後は様々な翻訳を行った。1936年に外務省嘱託となり、1937年に応召。1941年からは情報局嘱託として勤務。1943年に再び応召、1945年に帰国した。

太平洋戦争後

戦後は翻訳に従事するとともに、非常勤講師や研究に従事。1957年、慶應義塾大学文学部教授に就任。1963年、『ゲーテとフランス』を慶応大学に提出して文学博士号を取得[1]。1970年に慶応大学を定年となり、その後は武蔵大学教授となった。1973年に武蔵大学を定年となり、その後は特任教授として勤務した。また関西大学教授も務めた。

著作

参考文献

脚注

Related Articles

Wikiwand AI