大阪府立横山高等学校
大阪府和泉市にあった高等学校
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大阪府立横山高等学校(おおさかふりつ よこやまこうとうがっこう、英: Osaka Prefectural Yokoyama High School)は、かつて大阪府和泉市下宮町にあった公立の高等学校。
大阪府立鳳高等学校横山分校
第5学区(普通科1971年度-1972年度)
第8学区(普通科1973年度-2006年度)
| 大阪府立横山高等学校 | |
|---|---|
|
閉校後の横山高等学校 | |
北緯34度25分52秒 東経135度29分32秒 | |
| 過去の名称 |
横山村立横山高等学校 大阪府立鳳高等学校横山分校 |
| 国公私立の別 | 公立学校 |
| 設置者 |
|
| 学区 |
大阪府内全域(家政科・園芸科・普通科2007年度) 第5学区(普通科1971年度-1972年度) 第8学区(普通科1973年度-2006年度) |
| 設立年月日 | 1948年4月1日 |
| 閉校年月日 | 2008年3月31日 |
| 共学・別学 | 男女共学 |
| 課程 |
全日制課程 定時制課程(1982年閉課程) |
| 単位制・学年制 | 学年制 |
| 設置学科 |
普通科 家政科 園芸科 |
| 学期 | 3学期制 |
| 所在地 |
〒594-1121 大阪府和泉市下宮町160 |
| 外部リンク | 公式サイト |
概要
定時制課程単独の高等学校として出発したが、後年には定時制課程は廃止され、全日制の普通科、家政科ならびに園芸科を併置する高等学校となった。また、地場産業として繊維産業が盛んという地域事情から、中学校卒業後に就労しながら高校卒業を目指す生徒のために、隔週定時制課程が一時期併設されていた。
「府立高等学校特色づくり・再編整備計画(全体計画)」に基づき、2006年4月入学生から生徒の募集を停止し、最終学年が卒業した2008年3月に閉校。60年の歴史に幕を閉じた。閉校後は家政科は大阪府立成美高等学校に、園芸科は大阪府立農芸高等学校に機能統合された。
沿革
略歴
1947年3月31日、泉北郡横山村北田中の横山国民学校に併設されていた青年学校と家政女学校は廃止されたが、横山村は、非公式ながらも「横山村立横山高等学校」の名称を用い、大阪府立鳳中学校や同府立鳳高等学校の教諭を招いて職業教育活動を継続させていた[1]。
1950年度より同村北田中の横山村立横山中学校[注釈 1]に、定時制課程(昼間定時制)農業科および家庭科を併置する大阪府立鳳高等学校横山分校が併設された[1]。1952年5月、横山分校は、併設校の横山中学校の同村下宮の八坂神社境内跡地に移転新築されたことに伴い、同様に移転新築され、引き続き併設された[1]。
1963年度より、定時制課程(昼間定時制)家庭科が全日制課程家政科に転換され、複数課程併置校となった。1964年度には、併設校のである横山中学校が和泉市立南横山中学校との新設統合により閉校・廃止されたことに伴い、併設は解消された[1]。
1966年度より隔週定時制課程農業科も併置され、3課程3学科体制となった。また、1968年より、全日制課程園芸科および定時制課程普通科も併置されたが、定時制課程農業科は募集停止されて3課程4学科体制となった。
1971年3月31日、横山分校は閉校により廃止されたが、発展的改組という形で、同年4月1日に大阪府立横山高等学校が開設された。
2008年3月31日、大阪府立横山高等学校は閉校により廃止された。
年表
- 1948年10月 - 泉北郡横山村立横山高等学校として、定時制課程農業科を泉北郡横山村立小学校(現在の和泉市立横山小学校)内に設置。
- 1949年4月 - 定時制家庭科を設置。
- 1950年3月 - 大阪府へ移管。大阪府立鳳高等学校横山分校となる。
- 1952年5月 - 現在地に校舎を新設。
- 1963年4月 - 全日制家政科を設置(定時制家庭科より移行)。
- 1966年4月 - 隔週定時制課程を設置。
- 1968年4月 - 全日制園芸科、定時制普通科を設置。定時制農業科を募集停止。
- 1971年4月 - 大阪府立横山高等学校として分離独立。全日制普通科を設置。
- 1978年3月 - 隔週定時制課程を廃止。
- 1982年3月 - 定時制普通科を廃止。
- 2006年4月 - 募集停止。
- 2008年3月31日 - 閉校。
- 2017年5月27日 - 跡地に和泉市総合スポーツセンターがグランドオープン[2]。
基礎データ
関連項目
外部リンク
- 大阪府立横山高等学校
- 大阪府立横山高等学校同窓会 - ウェイバックマシン(2011年1月12日アーカイブ分)
