大須球場
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歴史
- 1947年(昭和22年) - 大須二子山古墳および空襲で焼失した本願寺名古屋別院(西別院)の跡地に建設される。
- 1948年(昭和23年) - プロ野球公式戦が行われる。
- 1948年(昭和23年) - オートレースが行われる。
- 1949年(昭和24年) - 中日ドラゴンズの本拠地が中日スタヂアムに変更された影響で、公式戦は行なわれなかった。
- 1950年(昭和25年) - 前年の2リーグ分裂騒動により、パシフィック・リーグの名古屋遠征時の公式戦用球場となる。以後、1952年までに20試合前後が行なわれたという。
- 1951年(昭和26年)10月5日 - 大映対阪急戦で、大映の飯島滋弥が2本の満塁本塁打を含む3本塁打を放ち、1試合11打点・1イニング7打点・1試合2満塁本塁打の記録を樹立。
- 1952年(昭和27年)7月7日 - 大須事件が発生。
- 1953年(昭和28年)1月30日 - 経済的な行き詰まりで閉鎖を決定[3]。
