天方氏
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歴史
遠江国山名郡天方(現静岡県周智郡森町向天方)より起きる[1][2]。藤原北家秀郷流首藤氏流である[2]。寛永系図によると、元々は首藤氏であったが、豊後守通秀が遠江国の天方城に住んでいたことから天方と称した[2]。
戦国時代には、天方城の城主であった[1]。代々天方城を支配していたが、今川臣天方三郎は永禄12年(1569年)5月に徳川氏に攻められて降参する[2]。
元亀元年(1570年)10月には、城主天方山城守・天方通重はまた徳川家康に攻められ降参する[2]。
徳川時代には、天方氏は旗本(のちに青山に改姓)や篠山青山藩士(篠山藩)、八幡青山藩士(郡上藩)にみられる[2]。同時代に、福井県福井市大手が藩庁の福井藩士にもみられる[1]。