天桂院 From Wikipedia, the free encyclopedia 天桂院(てんけいいん、永禄12年(1569年) - 天正18年10月17日(1590年11月14日))は戦国時代の女性。徳川家康の異父妹。名は於きんの方、留、高瀬君とも [1]。 久松俊勝の娘で母は於大の方。天正9年(1581年)、竹谷松平家6代当主・松平家清に嫁ぎ松平忠清を産んだ。初め竹谷城(蒲郡市)に住んだが、天正18年(1590年)より家康から竹谷松平家に与えられた武蔵八幡山に住んだ [2]。 天正18年(1590年)10月17日にお産のため死去。墓所は福巌寺(小田原市)[3]の他蒲郡市天桂院にも墓碑がある。 参考文献 『大日本地誌大系新編相模国風土記稿 2. 第37巻』(雄山閣、1932年、191p) 『駿国雑志24之上』(吉見書店、1910年、26p) 脚注 ↑ 雄山閣 1932, p. 191. ↑ 吉見書店 1910, p. 26. ↑ “天桂院について”. レファレンス事例詳細. 2023年2月5日閲覧。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。表示編集 Related Articles