天神社 (上里町五明)
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| 天神社 | |
|---|---|
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| |
| 所在地 | 埼玉県児玉郡上里町五明871 |
| 位置 | 北緯36度15分15.70秒 東経139度6分59.18秒 / 北緯36.2543611度 東経139.1164389度座標: 北緯36度15分15.70秒 東経139度6分59.18秒 / 北緯36.2543611度 東経139.1164389度 |
| 主祭神 |
稚産霊神 豊宇気毘売神 |
| 社格等 |
式内社 旧村社 |
| 創建 | 不詳 |
| 本殿の様式 | 流造 |
| 例祭 | 11月11日 |
| 地図 | |
天神社(てんじんじゃ)は、埼玉県児玉郡上里町五明の神流川沿いにある神社。祭神は稚産霊神、豊宇気毘売神の2柱。武蔵国賀美郡の延喜式内「今城青八坂稲実神社」の論社で、旧社格は村社。旧五明村の鎮守。
創祀年代は不詳。 社名の起源は、稲作信仰によるもので、渡来系氏族が高度な稲作技術を導入し、稲霊を祀ったことと伝えられている。[1]なお、渡来系氏族とは、5世紀末から6世紀初めにかけて朝鮮半島の百済から渡来してきた今来漢人(いまきかんじん)のことで、当初の居住地「大和国今来郡」から移住してきたため、社名「今城」(いまき)の起源とされている。
- 一の鳥居
- 二の鳥居
1722年に、現在の社殿が再建された。 1832年に、上野国新田郡の岩松満次郎が中黒紋の幕と高張提灯を今城青八坂稲実大明神に寄贈した。[2]
- 社殿
- 神楽殿
昭和42年に、境内から
「えむぎしきない」
「いまきあおやさかのかみ」
と刻まれた神代石の石棒が発見された。このことが根拠となり、式内社名の論社とされている。現在は、この石棒が御神体として祀られている。[2]
社格
