天童市高校生学友殺人事件
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事件の背景
AとBは元々同級生であった。中学生時代には二人とも成績がよかったが、徐々にBが上位になることが増えていった。AとBが生徒会長選挙に立候補した歳には、Bが生徒会長になり、Aは落選していた。この頃からAはBをライバル視するようになった。高校入学後に、Aはノイローゼになり出席日数も不足し、2年生に進級する際に留年した。
取り調べでAは動機について「Bは自分より成績が悪いのに人気者だった。中学の時にBが生徒会長になって自分は落選したことで嫉んでおり、Bを殺そうと計画していた」と語った。
1975年夏頃に殺害目的でナイフを購入していたが、1976年春に母親に見つかり取り上げられたため、同年4月に再度購入して隠し持っていた。
AがBと交友を続けた理由として「親友のように振る舞い接触が増えれば、犯行におよぶ機会が増えるから」と供述していた。事件前の日記には殺害方法や逃走ルートなど犯行計画が記載されていた。またBが泊まりに来た際の深く眠りに就くまでの様子を観察し記録するなど、周到に準備をしていた[1][3][4]。