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天童市

山形県の市 From Wikipedia, the free encyclopedia

天童市(てんどうし)は、山形県東部にある人口約6万人の市。将棋駒と温泉の街として知られる。県内人口は、山形市、鶴岡市、酒田市、米沢市に次ぐ5位(2024年4月現在)。1958年(昭和33年)市制施行。

国 日本の旗 日本
都道府県 山形県
概要 てんどうし 天童市, 国 ...
てんどうし ウィキデータを編集
天童市
舞鶴山山頂にある王将碑
天童市旗 天童市章
天童市旗
1989年12月13日制定
天童市章
1963年4月1日制定
国 日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
市町村コード 06210-3
法人番号 9000020062103 ウィキデータを編集
面積 113.02km2
総人口 59,458人 [編集]
(推計人口、2026年8月1日)
人口密度 526人/km2
隣接自治体 山形市、東根市、寒河江市、東村山郡中山町、西村山郡河北町
市の木 モミジ
市の花 ツツジ
市の鳥 ホオジロ
天童市役所
市長 新関茂
所在地 〒994-8510
山形県天童市老野森一丁目1番1号
北緯38度21分44秒 東経140度22分42秒
2006年8月撮影
外部リンク 公式ウェブサイト

天童市位置図

■ ― 市 / ■ ― 町・村

市庁舎位置
ウィキプロジェクト
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天童市の街並み
天童温泉の街並み
天童市中心部の空中写真。画像中央の市街地に隣接した山が舞鶴山。市街地の東側を南北に大きく曲線を描いて走るのは国道13号。1976年撮影の11枚を合成作成。
国土交通省 国土画像情報(カラー空中写真)(現・地図・空中写真閲覧サービス)の空中写真を基に作成。

地理

自然地理・地形

市域の西半分は平地、東半分は山地で、特に東部の山間部は奥羽山脈末端丘陵の険しい山々である[1]。乱川と立谷川はそれぞれ扇状地を形成しており、その中央部は水はけがよく畑作に、扇端部は水量が豊富で水田に適している[1]。

乱川と立谷川は市域の自然境界も為しており、これらの河川により東根市・山形市と接する。西部は最上川を境に寒河江市に接する。

山

  • 舞鶴山
  • 八幡山
  • 越王山
  • 雨呼山
  • 水晶山
  • 三沢山
  • 鵜沢山

河川

湖沼

  • 愛宕沼
  • 貫津沼
  • 原崎沼
  • 寺津沼

社会地理

山形都市圏(あるいは山形広域都市圏)に属する[2]。市のほぼ中心部を、南北にJR奥羽本線と国道13号が走る。市街地は山形市との市境である立谷川から東根市との市境である乱川付近の、JR奥羽本線と国道13号に囲まれた地域に形成されている[1]。また市域中部の国道13号より仙台方面へ向かう国道48号が分岐し、市東部から関山峠を経由して宮城県へ至る。さらに、山形自動車道、山形空港なども近く交通の便に恵まれている。

中心市街地のやや南部に舞鶴山があり市域を南北に分けている。舞鶴山は天童城の城址でもあり、山頂では毎年4月下旬にプロ棋士が人間が扮する駒で将棋を指す人間将棋が行われている。また舞鶴山周辺には天童民芸館[注 1]など歴史的な建造物が残る。将棋駒の産地らしく、市内の至る所に将棋のモニュメントがあり、市街地に流れる倉津川にかかる橋には、王将橋、金将橋、銀将橋などそれぞれ将棋の駒の名前がついている。天童駅から徒歩10分程度に天童温泉街がある。

国道48号による仙台市への交通利便性から、仙台都市圏からの観光客が多い反面、天童市からの仙台都市圏・山形市域への依存も大きい。また、北隣の東根都市圏との繋がりも深い。山形市による合併協議においても上山市が参加したのに対し天童市は不参加であった。

町名

隣接している自治体

山形県の旗山形県

歴史

約1500年前の農村集落跡である西沼田遺跡がある[1]。「天童」の地名については、天から童子が舞い降りたという伝説に由来するとの説や中世に北畠天童丸が住んでいたこと由来するとの説がある[1]。

→江戸時代の歴史については天童藩を参照のこと。

市町村合併の経緯

行政

  • 市長:新関茂(2024年12月26日就任、1期目)

歴代市長

さらに見る 代, 氏名 ...
代氏名よみがな就任年月日退任年月日
初代平塚二郎ひらつか じろう1958年11月11日1962年11月11日
2-5代阿部金蔵あべ きんぞう1962年11月12日1981年9月2日
6代小座間泰蔵おざま たいぞう1981年10月18日1985年1月15日
7-9代鈴木雅廣すずき まさひろ1985年3月3日1997年3月2日
10-12代遠藤登えんどう のぼる1997年3月3日2008年12月25日
13-16代山本信治やまもと しんじ2008年12月26日2024年12月25日
17代 新関茂 にいぜき しげる 2024年12月26日 現職
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主な特別職の給料[4]

さらに見る 役職, 給料 ...
役職 給料[5] 退職手当
市長 月額 94万0000円 給料月額×勤続月数×100分の50
副市長 月額 70万5000円 給料月額×勤続月数×100分の35
教育長 月額 61万0000円 給料月額×勤続月数×100分の25
病院事業管理者 月額 59万0000円 給料月額×勤続月数×100分の25
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議会

市議会

→詳細は「天童市議会」を参照

産業

郵便

  • 天童郵便局(集配局)
  • 山口郵便局
  • 成生郵便局
  • 天童北久野本郵便局
  • 天童五日町郵便局
  • 天童駅西郵便局
  • 干布郵便局
  • 羽前荒谷郵便局
  • 高擶郵便局
  • 寺津郵便局
  • 蔵増郵便局
  • 天童原町簡易郵便局
  • 長岡簡易郵便局
  • 塚野目簡易郵便局
  • 田麦野簡易郵便局

姉妹都市・提携都市

天童市には、3つの海外姉妹都市[8]、4つの国内相互交流協定都市がある[9]。地名表記、提携の名義は天童市ウェブサイトに従った。

海外

天童で行われている人間将棋と、マロスティカで行われている人間チェスの縁による[8][10]。イタリア人貿易商が天童にマロスティカを紹介したことを契機に、1983年以来交流が行われ、姉妹都市協定締結に至った[10][11]。なお、マロスティカも果樹生産が盛んでサクランボの産地として知られる[10]。相互の市民に表彰を行う制度[注 2]がある[8]。
マールボロウはサクランボやブドウ・リンゴなど山形県と共通する果樹栽培が盛んであり[10]、農業を通した交流が縁となっている[8]。1981年以来、天童市は市内の農業後継者を海外研修のためニュージーランドに派遣していたが、とくにマールボロウ地方のブレナム市はしばしば研修地となった[12]。ブレナム市との間で市民相互の訪問・研修など交流が深まり[10]、姉妹都市提携の動きが進められた[12]。なお、ニュージーランドの地方行政改革に伴い、1989年秋にブレナム市と周辺自治体が合併、マールボロウ市が発足した[10]。2005年には市民の技術指導や建設募金によりマールボロウ市内に日本庭園が建設[8]。2011年に日本庭園のお礼として遊具(プレイグラウンド)が寄贈され、わくわくランド(道の駅天童温泉)内に設置された。[8]
天童市内の食品加工会社が、1980年代から遼寧省からの研修生の受け入れを行い[13]、1994年には瓦房店市に工場を設立[10][13]。経済を中心とした交流の深まりにより、瓦房店市側から姉妹都市(友好都市)協定の提携を打診[10]。なお、瓦房店市もリンゴ・ブドウ・サクランボ等の果樹産地であり[8]、果樹栽培の技術指導も交流の一環として行われている[8]。

国内

網走市議会議員を長らく務め、社会活動に尽力した中川イセ(網走市名誉市民)が天童市出身である縁[9][14]。2002年(平成14年)7月、旧東村山郡役所資料館で開催された「天童が生んだ女性展」で中川が紹介されたことが、自治体間交流の契機となっている[14]。
戦国時代の天童の領主であった天童氏(天童頼澄)が、天童城の落城後に伊達氏を頼り、多賀城市域に知行地を得た縁[9][15]。多賀城市域には天童氏や天童氏家臣の末裔が多く暮らすという[15]。2008年(平成20年)10月1日には災害時応援協定を結んでおり[15]、2011年(平成23年)の東日本大震災では多賀城市に対する支援が行われた[15]。
江戸時代末期、現在の天童市域にあった8か村が土浦藩領だったことなどが縁[9](東村山郡#歴史参照)。
江戸時代末期、現在の天童市域にあった10か村が館林藩領だったことなどが縁[9][16]。

その他の広域提携等

織田信長サミット
江戸時代後期から廃藩置県までの約100年間、織田家が天童藩主を務めたことを縁として、天童市は織田信長にゆかりのある市町の集まりである織田信長サミット(1984年発足)に参加している[17]。1987年(昭和62年)の第4回サミットと、2002年(平成14年)の第19回サミットが天童市で開催された[17]。
山形定住自立圏
山形市を中心とする定住自立圏構想に参加しており(定住自立圏構想研究会参照)、広域行政・政策の連携を行っている[18]。

地域

人口

天童市と全国の年齢別人口分布(2005年) 天童市の年齢・男女別人口分布(2005年)
■紫色 ― 天童市
■緑色 ― 日本全国
■青色 ― 男性
■赤色 ― 女性
天童市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 44,758人
1975年(昭和50年) 48,082人
1980年(昭和55年) 52,597人
1985年(昭和60年) 55,123人
1990年(平成2年) 57,339人
1995年(平成7年) 60,626人
2000年(平成12年) 63,231人
2005年(平成17年) 63,864人
2010年(平成22年) 62,214人
2015年(平成27年) 62,194人
2020年(令和2年) 62,140人
総務省統計局 国勢調査より

教育

学校教育

短期大学
高等学校
中学校
小学校

教育に関連する協定等

2010年(平成22年)12月に天童市は明治大学との間に連携協定を結んでおり[19]、地域振興、学生派遣など相互の交流・発展のための連携事業を行っている[19]。明治大学設立者の一人宮城浩蔵が天童出身であることが縁となっている[19][20]。

公共施設・文化施設

図書館
美術館・博物館
ホール
スポーツ施設
その他

交通

鉄道路線

天童駅
天童バスターミナル

路線バス

空港

最寄りの空港は東根市にある山形空港である。

道路

高速道路
E13 東北中央自動車道:天童IC、天童本線料金所
一般国道
国道13号、国道48号
都道府県道
主要地方道
一般県道
  • 山形県道110号天童河北線
  • 山形県道111号天童山寺公園線
  • 山形県道277号長岡山中線
  • 山形県道279号荒谷原崎線
  • 山形県道280号天童停車場若松線
  • 山形県道281号天童高原山口線
  • 山形県道297号田麦野行沢線

観光ほか

文化財

スポーツ

山形県総合運動公園(2007年2月撮影)

出身有名人

天童市を舞台とする作品

小説

  • 刀語 第9話が将棋駒が云々と書かれているため、天童市が舞台となっている。

ドキュメンタリー

脚注

関連項目

外部リンク

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Timelines

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