天養院

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所在地 神奈川県三浦市初声町和田1669
位置 北緯35度11分45.8秒 東経139度37分40.2秒 / 北緯35.196056度 東経139.627833度 / 35.196056; 139.627833座標: 北緯35度11分45.8秒 東経139度37分40.2秒 / 北緯35.196056度 東経139.627833度 / 35.196056; 139.627833
山号 五劫山
院号 天養院
天養院てんよういん
寺門と本堂
寺門と本堂
所在地 神奈川県三浦市初声町和田1669
位置 北緯35度11分45.8秒 東経139度37分40.2秒 / 北緯35.196056度 東経139.627833度 / 35.196056; 139.627833座標: 北緯35度11分45.8秒 東経139度37分40.2秒 / 北緯35.196056度 東経139.627833度 / 35.196056; 139.627833
山号 五劫山
院号 天養院
宗派 浄土宗
本尊 阿弥陀如来
創建年 永禄2年(1559年
開山 性誉
開基 長沢和泉
札所等 三浦薬師如来霊場第14番札所、三浦地蔵尊三十八霊場第17番札所
法人番号 7021005008466 ウィキデータを編集
天養院の位置(神奈川県東部内)
天養院
天養院
天養院 (神奈川県東部)
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天養院(てんよういん)は、神奈川県三浦市に所在する浄土宗寺院

1559年永禄2年)、長沢和泉の開基である[1]

当寺の本尊阿弥陀如来であるが、それとは別に薬師三尊も安置されている。特に薬師如来像は和田義盛の「身代わり薬師」とも呼ばれている。和田合戦の際、義盛は満身創痍の状態に陥っていた。ところが義盛は痛みを感じず、その代わりに念持仏の薬師如来像が流血していた。義盛主従は最終的には討ち死にすることになるが、この薬師如来の加護により、しばらく戦うことができたという[1][2]

文化財

  • 木造薬師如来及び両脇侍立像(神奈川県指定重要文化財 昭和53年11月17日指定)[3]

交通アクセス

脚注

参考文献

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