太梅寺 (下田市)

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所在地 静岡県下田市横川342
位置 北緯34度42分57.48秒 東経138度54分6.31秒 / 北緯34.7159667度 東経138.9017528度 / 34.7159667; 138.9017528
山号 神護山
宗旨 曹洞宗
太梅寺
所在地 静岡県下田市横川342
位置 北緯34度42分57.48秒 東経138度54分6.31秒 / 北緯34.7159667度 東経138.9017528度 / 34.7159667; 138.9017528
山号 神護山
宗旨 曹洞宗
宗派 噩叟派
本尊 地蔵菩薩
創建年 寛徳2年(1045年)
開山 桓舜
札所等 伊豆88遍路49番札所
法人番号 8080105004419
太梅寺 (下田市)の位置(静岡県内)
太梅寺 (下田市)
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太梅寺(たいばいじ)は、静岡県下田市横川にある曹洞宗噩叟派の寺院山号は神護山。本尊は地蔵菩薩。

創建年代や寺名の変遷などについては「太梅寺来歴之写」や「世住年譜」、「年代記」、「神護山太梅寺記」といった太梅寺所蔵文書のほか、近隣神社の棟札寛政年間に成立した地誌『豆州史稿』などから、寺伝に依拠するところが多いが、詳細に判明している。

  • 1045年寛徳2年):伊豆国を行脚する天台宗の僧桓舜が当地に霊地を見出し、人々から浄財を集め、地蔵尊を本尊とした堂宇を建て、明星山神護寺と称した。本寺の開山
  • 1389年康応元年):近江国永源寺より僧一源元統が普住し臨済宗建長寺派に改宗、寺名を太梅山深居庵と改める。本寺の臨済宗建長寺派期における住職については「世住年譜」から2世香厳徳馨、3世梅叟春、以下前住として独室実尊、昌厳普繁、愚渓恵哲、骨瑲義鉄の名がみえる。
  • 1485年文明17年):横川諏訪神社の棟札裏書に「兼別当深居庵徹秀」と記される。徹秀の名は「世住年譜」にみえないためその詳細は不明であるが、深居庵の住持と推定。
  • 1539年天文8年):相模国香雲寺より香雲寺3世川庵宋鼎が補任し、曹洞宗へ改宗。
  • 1542年(天文11年):川庵宋鼎の法弟喜叟梅観が補任する。
  • 1557年弘治3年):香雲寺4世実堂宋梅が入山し、寺名を深居山太梅寺と改める。
  • 1576年永禄10年):吉田又三郎泰盛がちんこ庵(深居庵か)に寺領として三貫文の地を永代寄進する[1]
  • 1585年天正11年):後北条氏家臣板部岡江雪斎深居庵に寺領安堵の朱印状を送る[2]
  • 1585年(天正11年):横川諏訪神社の棟札裏書に「道師深居庵寂用順叟代」と記される。本寺2世寂用英順のこと。
  • 1590年(天正18年):豊臣秀吉家臣安国寺恵瓊深居庵に豊臣方船手軍勢の狼藉を禁じた制札を奉じる。小田原征伐における下田城攻防戦が続く天正18年4月の制札であり、既に内陸部の横川周辺が豊臣方の支配下であったことが分かる[3]
  • 1615年慶長20年):天神社の棟札裏書に「現住太梅仲叟秀岳僧代記之」と記される。本寺3世仲叟秀岳のこと。
  • 1852年嘉永5年):山号を神護山に改める。

文化財

下田市指定文化財

  • 『寂用禅師語録』
  • 「吉田泰盛寺領寄進状」
  • 「北条家寺中安堵朱印状(下田市横川・太梅寺)」
  • 「安国寺恵瓊奉制札」

アクセス

  • 東海バス「横川」停留所から徒歩約13分。

脚注

参考文献

関連文献

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