太田マサトシ
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1976年、愛知県稲沢市にて 父 俊光と母 時子の長男として誕生。姉と弟の三人兄弟。
稲沢市立大里中学校、愛知高校を卒業し、愛知学院大学法学部法律学科に入学。
1998年、大学卒業後に幼少の頃からの親友の誘いで上京し、一度は大手有線放送会社でサラリーマンとなるも、放送作家になる夢を抱き3か月で退社。その後、西永福で喫茶店のマスター見習い、六本木のフリーペーパーの企画・運営や飲食店企画などの仕事を行いつつ、放送作家事務所に番組企画書を送り続ける。[2]
1999年よりリサーチャーとして「24時間テレビ」や「週刊ストーリーランド」などに参加し、放送作家への足がかりを掴む。[2]
2000年よりリサーチャーとして参加していた「マジカル頭脳パワー!!」でクイズ番組の問題作成を経験。[2]
2002年、「クイズ$ミリオネア」の問題作成者として作家デビュー。フリーランスの作家として活動を開始。[2]
2004年、株式会社オフィス・トゥー・ワンに所属。
2006年、株式会社名古屋東通企画(現:株式会社ルミナクリエイト12)に移籍。
主にバラエティ番組、クイズ番組、情報番組の構成を担当。
NHKアナウンサーの酒井博司は、小学校と中学校の同級生で、ともに野球部に所属していた。
エピソード
- ソフトボールでクラブチームの全国大会出場の経験もある父の影響で、幼少の頃より野球に打ち込む。学童から高校までエースピッチャーとして活躍し、中学卒業時には県下の強豪校のスカウトから獲得の打診を受けるほどであった。とくに天才的な牽制技術を持つ左の本格派で、牽制球によって1試合6補殺の記録を持つ。左投げ左打ち。
- 脱サラ後に毎日新宿の紀伊國屋書店に通い、放送作家になるためのハウツー本を立ち読みし、実践することで本当に作家になった変わり種である。[1]
- 趣味は麻雀とスポーツ観戦で、妄信的な中日ドラゴンズのファンであると公言している。また、プレミアリーグのマンチェスター・ユナイテッドのサポーターでもある。本人によると、前述の親友の異常な熱量のプレゼンを受けたことによるものとのこと。[2]
- 尊敬する人物は、両親と地元の雄 織田信長。また、人生で特に影響を受けた人物として、中学時代と高校時代の恩師の名前を挙げている。[2]
- 作家業の傍、ボランティアで学生に向けた講演活動も多数行なっている。テーマは「親友をつくる」であることが多く、クイズ作家出身者らしく、所々にクイズを取り入れた構成で進行される。[2]