奥保夫
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1883年(明治16年)に奥保鞏の長男として東京府で生まれた[1][2]。陸軍士官学校第17期、陸軍大学校第30期卒業[1]。1930年(昭和5年)3月6日に陸軍戸山学校教育部長に就任し[3]、8月1日に陸軍歩兵大佐に進級[3]。同年8月15日に伯爵を襲爵した[2]。1932年(昭和7年)8月に近衛歩兵第3連隊長に転じた[3]。
1935年(昭和10年)3月15日に陸軍少将に進級し[3]、歩兵第27旅団長に着任[1]。1936年(昭和11年)8月1日に待命[3]、8月28日に予備役に編入された[1]。1937年(昭和12年)9月30日に召集され歩兵第128旅団長(第10軍・第114師団)に就任し[1]、日中戦争に出動[1]。杭州湾に上陸し[1]、南京攻略戦では雨花台、中華門への突撃を敢行し武功をあげた[1]。その後第2軍隷下に編入され[1]、徐州会戦に出撃した[1]。1939年(昭和14年)3月9日に召集解除となった[1]。
栄典
- 勲章等
- 1940年(昭和15年)8月15日 - 紀元二千六百年祝典記念章[5]