奥山彩子 From Wikipedia, the free encyclopedia 奥山 彩子(おくやま さいこ、1916年(大正5年)4月[1][注釈 1] - )は昭和期の歌手。 奥山彩子 東京出身。父は作曲家、編曲家の奥山貞吉[2]。東洋音楽学校卒業後の、1939年(昭和14年)コロムビアレコードからデビュー。「興亜行進曲」<検討を要する>、「興亜三人娘」:1940年(昭和15年)、「日本の妻」[2]、「蛇姫絵巻」などを吹き込んだ。「興亜三人娘」は李香蘭(当時の満州)、白光(当時の支那)と組み合わされ、当時の国策:三国協和を象徴する歌であった。 1939年(昭和14年)9月30日公開の東宝映画「東京ブルース」[2]、1940年(昭和15年)2月21日公開の東宝映画「春よいづこ」などに出演。 1938年(昭和13年)頃、霧島昇との関係がスキャンダルされたことがある(その後、霧島昇は松原操(ミス・コロムビア)と結婚した)。 一時期、服部良一が設立した「コロムビア・リズム・シスターズ」に参加していた。 代表曲 「蛇姫絵巻」(共唱:志村道夫) 「日本の妻」(共唱:霧島昇) 脚注 注釈 ↑ レコード音楽技芸家銘鑑によれば、1918年(大正7年)4月16日生まれとなっている[2] 出典 ↑ 『文化人名録 昭和40年版(12版)』1951年。doi:10.11501/8797886。https://doi.org/10.11501/8797886。2026年2月18日閲覧。 1 2 3 4 “レコード音楽技芸家銘鑑 昭和15年版 レコード世界社 第2編 声楽家”. 国立国会図書館デジタルコレクション. 2025年7月23日閲覧。 典拠管理データベース: 芸術家 MusicBrainz この項目は、歌手に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:音楽/PJ芸能人)。表示編集 Related Articles