奥山貞吉 From Wikipedia, the free encyclopedia 奥山 貞吉(おくやま ていきち、1887年〈明治20年〉3月20日[1] - 1956年〈昭和31年〉6月2日[1])は日本のピアニスト、作曲家、編曲家、トロンボーン奏者。歌手の奥山彩子は実娘[2][3]。 奥山貞吉 1887年(明治20年)東京茅場町に生まれる[4]。東洋音楽学校卒業後、大正年間は船内のバンドでの活動を行った[5][4][6]。昭和に入ると帝国ホテル主演のハタノ・オーケストラに所属する傍ら東京放送局で楽曲の編曲を担当し[4]、浅草オペラ全盛期には金竜館の音楽部に所属し楽長を務めた[4][7]。その頃に知り合った佐々紅華のすすめで後年はコロムビア専属となり、多くの作編曲を手掛けた[4][6][8]。日本初のスライド・トロンボーンの奏者であったことでも知られる[4][6]。1956年(昭和31年)に病死した[9]。 脚注 1 2 明治~平成, 新撰 芸能人物事典. “奥山貞吉(オクヤマ テイキチ)とは? 意味や使い方”. コトバンク. 2026年2月20日閲覧。 ↑ 『レコード音楽技芸家銘鑑 昭和15年版』1940年。doi:10.11501/1056525。https://doi.org/10.11501/1056525。2026年2月20日閲覧。 ↑ 『台湾芸術新報 6(1)』1940年1月。doi:10.11501/4421128。https://doi.org/10.11501/4421128。2026年2月20日閲覧。 1 2 3 4 5 6 『日本のジャズ史 : 戦前戦後』1976年。doi:10.11501/12434048。https://doi.org/10.11501/12434048。2026年2月20日閲覧。 ↑ 『東京音楽大学65年史』1972年。doi:10.11501/12112410。https://doi.org/10.11501/12112410。2026年2月20日閲覧。 1 2 3 『音盤歌謡史』1975年。doi:10.11501/12438512。https://doi.org/10.11501/12438512。2026年2月20日閲覧。 ↑ 『浅草オペラの生活』1967年。doi:10.11501/2512252。https://doi.org/10.11501/2512252。2026年2月20日閲覧。 ↑ 『音楽年鑑 昭和10年版』1935年。doi:10.11501/1211524。https://doi.org/10.11501/1211524。2026年2月20日閲覧。 ↑ 『なつめろの人々』1971年。doi:10.11501/12438460。https://doi.org/10.11501/12438460。2026年2月20日閲覧。 Related Articles