奥訓練場

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種類沖縄返還協定「了解覚書」C表7番
面積38,959,000㎡
使用期間1971年6月30日「返還」
奥訓練場
Oku Training Area
沖縄県国頭村
沖縄県国頭村奥の集落
(沖縄県公文書館 1975年)
奥訓練場
種類沖縄返還協定「了解覚書」C表7番
面積38,959,000㎡
施設情報
管理者アメリカ軍
歴史
使用期間1971年6月30日「返還」

奥訓練場 (おくくんれんじょう、英: Oku Training Area) は、1971年の日米合意「沖縄返還協定・了解覚書」のC表において返還される米軍基地として登録された34箇所の一つで、沖縄県国頭村奥にあった。38,959,000㎡という広大な土地が訓練場として示されたが、正式には軍用地でなく、ほとんど使用実績のない一時使用区域であったため問題となった。1972年の沖縄施政権移行にさきがけ、1971年に「返還」された。

奥訓練場と川田訓練場ののおよその位置。北部訓練場から北側が奥訓練場で奥海岸までとなる。南側から東村川田の平良湾までが川田訓練場となる。
辺戸から奥への道路工事は1962年1月29日に開通式が行われる。

奥訓練場の「返還」

海兵隊北部訓練場の北側に隣接し、奥海岸までの地所がおよその「奥訓練場」とされる。「沖縄返還協定・了解覚書」で返還される「米軍基地」として記録されるが、正確には一年のうちごく限られた日数だけを地主から直接借り上げてはじめて使用できる一時使用区域であった。

  • 名称: 奥訓練場 (Oku Training Area)
  • 場所: 沖縄県国頭村
  • 面積: 38,959,000㎡
  • 施設番号: 沖縄返還協定「了解覚書」C表7番
  • 管轄: 米陸軍
  • 1970年2月15日 - 36,000㎡ 返還
  • 1971年6月30日 - 38,923,000 返還
  • 合計 38,959,000㎡[1][2]

沖縄返還協定「了解覚書」問題

現在

脚注

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