奥里将建
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1888年(明治21)5月18日沖縄県宜野湾村生まれ(本籍は首里市寒川町)[1]。
宜野湾小学校をはじめとして教員勤務の傍ら、日本古典文学や方言の研究を進め[2]、1926年(大正15)『琉球人の見た古事記と万葉』を出版。 1927年(昭和2)京都御所内東山文庫で源氏物語の校合に従事、1928年(昭和3)4月京都帝国大学国文学部に入学、1929年(昭和4)7月高等教員検定試験(国語科)合格、同年9月兵庫県立神戸第一中学校教諭に任じられ、1942年(昭和17)まで勤務[1]。
中学校教諭勤務の傍ら『国語史の方言的研究』を始め多くの著作を発表し、1936年(昭和11)から学士院の補助を受け、四国の方言の調査を行い、1937年(昭和12)文部省第2回日本諸学振興会で「国語の展開と国民思想の一断面」を発表。教諭退職後は、三省堂の『時代語辞典 鎌倉室町編』の副主任を勤めるが、終戦により中止[1]。
その後は研究生活を送り、日本上代語から琉球方言まで研究領域を拡げ、『院政貴族語と文化の南展』『日本語系統論』などを著した。
1963年(昭和38)12月29日死去。享年75歳。