如蔵尼
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生涯
前項にあるように如蔵尼は将門の三女として記されることが多いが異説もある。『尊卑文脈脱漏』は『元亨釈書』を引用し、『桓武平氏系図』も将門の娘と記すが、茨城県結城市の小谷家に伝わる系図では長子が如蔵尼となっている。また『相馬系図』・『諸家系図纂』では将門の弟・将頼の娘としている。俗名は不明だが、滝夜叉姫と伝える伝承がある(後述)[4]。
茨城県土浦市の般若寺では将門の次男・将氏の娘で俗名を安寿姫としていて、この寺の開山と伝わる。
茨城県坂東市の国王神社には将門の三十三回忌にあたり如蔵尼が刻したとする将門の神像が現存し、同様に如蔵尼自刻の将門像は福島県相馬市中村の国王神社、同小高の国王神社にも伝わる。
福島県いわき市の恵日寺には如蔵尼のものと伝わる地蔵菩薩像があったが、戦禍で失われた[5]。また、千葉県柏市の龍光院にも如蔵尼が一族の菩提を弔い納めたとする地蔵菩薩像が伝わる。