1489年(延徳元年)、大洞存奝の開基とされている。その後安土桃山時代に、徳川家康の家臣で当地の領主だった西尾吉次によって中興された[2]。
当寺の寺宝に「永楽通宝紋鞍付鐙一双」がある。これは中興の西尾吉次が、織田信長より拝領したものである。『新編武蔵風土記稿』で、その存在は確認されていたものの、長らく行方不明となっていた。1985年(昭和60年)、薬師堂改修工事の際に発見された[3]。
西尾吉次はその後大名に昇格し原市藩を立藩、2代忠永のときに転封されたが、当寺は西尾家の菩提寺であり続けてきた[3]。