妙安寺 (坂東市)
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1233年(天福元年)、成然によって開山された。成然は親鸞の高弟「二十四輩」の一人で、俗名「九条幸実」という九条家出身の公卿であった。当時、幸実は下総国猿島郡一ノ谷村(現・茨城県猿島郡境町)に流されていた。そして常陸国茨城郡稲田(現・茨城県笠間市)に親鸞がいることを知り、親族でもあったため度々親鸞の下を訪れた。そして遂に親鸞に弟子入りし、「成然」を名乗ることになった[1]。
1232年(貞永元年)、親鸞は都に帰還することになり、成然は親鸞より形見の品々が渡され、新しい寺を創建して布教するように教示した。その後、成然は聖徳太子の霊夢を見て、現在地にあった太子ゆかりの最頂院跡地に寺を創建した[1][2]。
なお、起源を同じくする寺として、群馬県前橋市の妙安寺がある。この寺も山号と院号が同じ「一谷山最頂院」であり、真宗大谷派に属している[3]。また成然が建てた寺として、一ノ谷の妙安寺もある。この寺は山号は同じで院号が異なる「一谷山大法院」であり、真宗大谷派に属している[4]。
- 太子堂
- 鐘楼