天福 (日本)

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天福 (てんぷく、旧字体: 天福󠄁)は、日本元号の一つ。貞永の後、文暦の前。1233年から1234年までの期間を指す。この時代の天皇四条天皇鎌倉幕府将軍は藤原頼経執権北条泰時

出典

書経」(湯誥)の「善禍淫」に対する伝の「政善、天福之」より

撰進者は菅原為長。ちなみに、藤原定家はこの元号について、「福」を初めて用いたの「景福」以来大乱に縁があり、この「福」の一字を用いた元号であるとしてこれを非難している(『明月記』天福元年4月16日条)[1]。また、改元の是非を巡ってこれを支持する土御門定通二条定高と「天福」への改元に反対する広橋頼資が仗座で激論を交わし、九条道家の裁定によって「天福」に決した(『頼資卿改元定記』『民経記』『五代帝王物語』)とされ[2]、『五代帝王物語』はその後藻璧門院諒闇中に後堀河院が亡くなって、諒闇中の(文暦)改元に至ったとして、天福を「浅ましける年号也」と批判している[3]

天福期におきた出来事

2年

西暦との対照表

脚注

関連項目

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