妙楽寺 (川崎市)
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妙楽寺は、長尾寺とも威光寺ともいわれ、源家累代の祈祷所とする長尾山威光寺であった[2]。851年(仁寿元年)、天台宗の円仁が威光寺を建立したという。1977年(昭和52年)、本間紀男[注釈 1]によって薬師三尊の解体修理が行われ、日光菩薩像の胎内から「武州立花郡太田郷長尾山威光寺」の墨書銘が発見された[4]。
中世の名残を伝える地名(別所、堀の内、竹の沢ほか)の他、五輪塔や板碑が保存され、また歴史的な遺物として出土した大形甕のかけらは渥美製とされる。
近年、1000株のアジサイが植えられて「あじさい寺」として親しまれており、毎年6月の第3日曜日には「長尾の里 あじさいまつり」が開催されている[5]。
歴史
- 851年(仁寿元年) - 円仁が威光寺を建立する。
- 1180年(治承4年) - 源頼朝が長尾寺を阿野全成に与える[6]。
- 1208年(承元2年)- 狛江入道増西による寺領の苅田狼藉事件を鎌倉幕府に訴え出る[7]。
- 1405年(応永12年) - 梵鐘を鋳造する。
- 1509年(永正6年) - 薬師如来像を造立する。
- 1547年(天文16年)- 日光菩薩像を造立する。
- 江戸時代の文化・文政期 『新編武蔵風土記稿』の長尾村の頁に、『東鑑』に登場する威光寺との関連について考察が記録される[1]。
- 江戸時代の天保年間 『江戸名所図会』に名所として描かれる[8]。
- 2009年(平成21年) 薬師堂を建立する[要出典]。