宿河原駅
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| 宿河原駅 | |
|---|---|
|
駅舎(2019年9月) | |
|
しゅくがわら Shukugawara | |
![]() | |
| 所在地 | 川崎市多摩区宿河原三丁目4-4 |
| 駅番号 | JN13 |
| 所属事業者 | 東日本旅客鉄道(JR東日本) |
| 所属路線 | ■南武線 |
| キロ程 | 16.2 km(川崎起点) |
| 電報略号 | ユク |
| 駅構造 | 地上駅 |
| ホーム | 2面2線 |
| 乗車人員 -統計年度- |
[JR 1]8,208人/日(降車客含まず) -2024年- |
| 開業年月日 | 1927年(昭和2年)3月9日[1][2] |
| 備考 | |
宿河原駅(しゅくがわらえき)は、神奈川県川崎市多摩区宿河原三丁目にある、東日本旅客鉄道(JR東日本)南武線の駅である。駅番号はJN 13。
年表
かつては当駅から多摩川の川原まで砂利採取線が伸びていた。ここ宿河原付近の多摩川で採取した砂利を南武鉄道経由で川崎河岸駅まで運搬し、そこで船に乗せ換えて東京や横浜へ運んでいた。1934年(昭和9年)に砂利の機械掘りが禁止され、砂利採取が行われなくなった後も線路はしばらく残されていたが、現在は撤去され、川崎市道となっている。
また、同時期には当駅から登戸駅付近を経て小田急小田原線の向ヶ丘遊園駅まで連絡線が伸びていた。多摩川で採取した砂利を小田急線に運搬するのが目的だったといわれている。連絡線は戦後に廃止されて撤去されたが、連絡線の途中の一部と小田急線の留置線やポイントは1970年代まで残っていた。分岐点跡地には現在も「小田急電鉄所有地」の標識がある。
- 1927年(昭和2年)3月9日:南武鉄道川崎 - 登戸間の開通時に開業[1][2]。
- 1944年(昭和19年)4月1日:南武鉄道が国有化、運輸通信省南武線の駅となる[1][2]。
- 1958年(昭和33年)
- 1987年(昭和62年)4月1日:国鉄分割民営化に伴い、東日本旅客鉄道(JR東日本)の駅となる[1][2]。
- 1993年(平成5年)10月29日:自動改札機を設置し、供用開始[4]。
- 2001年(平成13年)11月18日:ICカード「Suica」の利用が可能となる。
- 2007年(平成19年)
- 2015年(平成27年)2月8日:駅遠隔操作システム(現・お客さまサポートコールシステム)を導入。
- 2016年(平成28年)9月3日:発車メロディを藤子プロ関連作品の主題歌に変更[5]。
- 2024年(令和6年)7月11日:スマートホームドアの使用を開始[6]。
駅構造
相対式ホーム2面2線の地上駅である。下り(立川方面)ホームの立川方の端に改札口があり、2つのホームは跨線橋で接続されている。トイレは1番線ホームに設置されている。エレベーターは跨線橋とホームを結ぶものの他、改札口と1番線ホームを結ぶものがある。
上りホームの外側に留置線が2本あり、日中や夜間の車両留置に使用される。入出庫は主に武蔵溝ノ口駅との回送で行われる(線路の形式上、武蔵溝ノ口駅の留置線への出入庫は、登戸駅との回送で行われる)。
川崎統括センター(登戸駅)管理の業務委託駅(JR東日本ステーションサービス委託)である。お客さまサポートコールシステムが導入されており、一部時間帯は遠隔対応のため改札係員は不在となる[3]。多機能券売機と指定席券売機が設置されている[3]。
のりば
| 番線 | 路線 | 方向 | 行先 |
|---|---|---|---|
| 1 | 下り | 登戸・立川方面 | |
| 2 | 上り | 武蔵溝ノ口・武蔵小杉・川崎方面 |
(出典:JR東日本:駅構内図)
- 改札口(2019年9月)
- 自動券売機(2016年6月)
- ホーム(2019年9月)
発車メロディ
2016年9月3日から2025年3月14日まで、藤子プロ関連作品のアニメ主題歌を発車メロディとして使用していた[5]。これは藤子・F・不二雄ミュージアムの開館5周年を記念して導入されたもので、曲は1番線が「すいみん不足」、2番線が「夢をかなえてドラえもん」であった[5]。メロディはスイッチの制作で、編曲は塩塚博が手掛けた[7]。
ご当地メロディ導入以前はテイチク制作のメロディ(1番線が「遠い青空V1」、2番線が「ホリデイV1」)を使用していた。
同月15日からはワンマン運転開始に伴い、電車備え付けの発車メロディを使用している。
利用状況
2024年度(令和6年度)の1日平均乗車人員は8,208人[JR 1]である。南武線の本線では、津田山駅・南多摩駅・稲城長沼駅に次いで4番目に少ない。
1995年度(平成7年度)以降の推移は下記の通り。
| 年度 | 1日平均 乗車人員 |
出典 |
|---|---|---|
| 1995年(平成7年) | 6,786 | [* 1] |
| 1996年(平成8年) | 6,914 | |
| 1997年(平成9年) | 6,772 | |
| 1998年(平成10年) | 6,725 | [* 2] |
| 1999年(平成11年) | 6,723 | [* 3] |
| 2000年(平成12年) | [JR 2]7,050 | [* 3] |
| 2001年(平成13年) | [JR 3]7,208 | [* 4] |
| 2002年(平成14年) | [JR 4]7,159 | [* 5] |
| 2003年(平成15年) | [JR 5]7,137 | [* 6] |
| 2004年(平成16年) | [JR 6]7,184 | [* 7] |
| 2005年(平成17年) | [JR 7]7,230 | [* 8] |
| 2006年(平成18年) | [JR 8]7,173 | [* 9] |
| 2007年(平成19年) | [JR 9]7,273 | [* 10] |
| 2008年(平成20年) | [JR 10]7,288 | [* 11] |
| 2009年(平成21年) | [JR 11]7,285 | [* 12] |
| 2010年(平成22年) | [JR 12]7,240 | [* 13] |
| 2011年(平成23年) | [JR 13]7,198 | [* 14] |
| 2012年(平成24年) | [JR 14]7,320 | [* 15] |
| 2013年(平成25年) | [JR 15]7,524 | [* 16] |
| 2014年(平成26年) | [JR 16]7,504 | [* 17] |
| 2015年(平成27年) | [JR 17]7,801 | [* 18] |
| 2016年(平成28年) | [JR 18]8,025 | [* 19] |
| 2017年(平成29年) | [JR 19]8,225 | |
| 2018年(平成30年) | [JR 20]8,223 | |
| 2019年(令和元年) | [JR 21]8,266 | |
| 2020年(令和2年) | [JR 22]6,512 | |
| 2021年(令和3年) | [JR 23]7,013 | |
| 2022年(令和4年) | [JR 24]7,573 | |
| 2023年(令和5年) | [JR 25]7,994 | |
| 2024年(令和6年) | [JR 1]8,208 |

