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妙義神社

群馬県富岡市にある神社 From Wikipedia, the free encyclopedia

妙義神社(みょうぎじんじゃ)は、群馬県富岡市にある神社である。旧社格は県社。

所在地 群馬県富岡市妙義町妙義6番地
位置 北緯36度18分1.7秒 東経138度45分44.6秒
概要 妙義神社, 所在地 ...
妙義神社
拝殿・幣殿・本殿
本殿・幣殿・拝殿
所在地 群馬県富岡市妙義町妙義6番地
位置 北緯36度18分1.7秒 東経138度45分44.6秒
主祭神 日本武尊
豊受大神
菅原道真公
権大納言長親卿
社格等 旧県社
創建 宣化天皇2年(537年)
本殿の様式 権現造
地図
妙義神社の位置(群馬県内)
妙義神社
妙義神社
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概要

上毛三山の一つである妙義山の東麓に鎮座し、妙義山信仰の中心となっている神社である。江戸時代は関東平野の北西に位置し、江戸の乾(戌亥)天門の鎮めとして、家運永久子孫繁昌を願って歴代の徳川将軍家に深く信仰された。

近年は大河ドラマのロケ地としても使用されている。総門をくぐると銅鳥居で、その先に165段の石段があるが、ここは、2005年の『義経』で、牛若丸が修行する鞍馬寺という設定でロケ地になった。また、2009年の『天地人』においても、雲洞庵のシーン撮影は当社で行われた。

2007年の台風による土砂崩れで一部被害が出たため修復が必要となり、本殿につながる階段以降は立ち入り禁止となった際は、波己曽社殿を仮殿と定めていた。復旧工事は2013年12月に完了し、本殿も5年ぶりに一般公開された。

歴史

創建は、宣化天皇2年(537年)と伝わる。

神仏習合時代、妙義神社には別当(神社を管理する寺)として上野寛永寺の末寺である白雲山高顕院石塔寺があった。現在の妙義神社の総門は、明治の初めに廃寺となった石塔寺の仁王門である。神社の総門となった現在も、左右に仁王像が祀られている[1]。

現在の社殿は、宝暦年間(1751年 - 1764年)の大改修によるものである。古くは波己曽(はこそ)神社といい、『日本三代実録』に記載がある。

文化財

重要文化財

  • 妙義神社 7棟 - 昭和56年(1981年)6月5日、本殿・幣殿・拝殿・唐門・総門の指定。令和6年(2024年)12月9日、随神門・廻廊・銅鳥居・御殿(附棟札2枚)・社務所・附波己曾社本殿及び拝殿・附棟札2枚の追加指定[2]。
    • 本殿・幣殿・拝殿(附 神饌所1棟、透塀1棟、棟札1枚、銘札1枚、旧屋根銅瓦1枚)
      江戸時代後期(1756年)の建立。本殿、桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造。幣殿、桁行三間、梁間一間、一重、両下造。拝殿、桁行三間、梁間二間、一重、入母屋造、正面千鳥破風付、向拝一間、軒唐破風。。
    • 唐門 - 江戸時代後期(1756年)の建立。桁行一間、梁間一間、平唐門、銅瓦葺。
    • 随神門
    • 廻堂
    • 銅鳥居
    • 御殿(附 棟札2枚)
    • 社務所
    • 総門 - 旧白雲山石塔寺の仁王門。江戸時代後期(1773年)の建立。三間一戸八脚門、切妻造、銅板葺。
    • 附指定:波己曾社本殿及び拝殿1棟、棟札2枚
  • 紙本著色地蔵菩薩霊験記(東京国立博物館に寄託) - 南北朝時代の作品。昭和34年(1959年)6月27日指定。

出典

関連項目

外部リンク

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