姜恩之

From Wikipedia, the free encyclopedia

姜 恩之(きょう おんし、1888年 – 没年不詳)は、中華民国満洲国の官僚。別号は澤仁[2]

出生: 1888年光緒14年)[1][2]
死去: 没年不詳
職業: 官僚
概要 姜恩之, プロフィール ...
姜恩之
『大満洲国建国紀念写真帖』(1934年)
プロフィール
出生: 1888年光緒14年)[1][2]
死去: 没年不詳
出身地: 清の旗 吉林将軍管轄区楡樹県[1][2]
職業: 官僚
各種表記
繁体字 姜恩之
簡体字 姜恩之
拼音 Jiāng Ēnzhī
ラテン字 Chiang En-chih
和名表記: きょう おんし
発音転記: チアン・オンチー
テンプレートを表示
閉じる

事績

北京朝陽大学政経科を卒業。濛江樺甸楡樹の各県県知事を歴任する。1933年大同2年)、満洲国で専売総署署長に就任し、1937年康徳4年)に行政改革を経て専売総局長に重任した[1][2]1938年(康徳5年)7月28日、錦州省長となり[3]1941年(康徳8年)10月11日までつとめた[4]。その後、1943年(康徳10年)8月時点では、満洲重工業開発株式会社監事に就任していることが確認できる[5][6]

1943年9月以降における姜恩之の動向は不詳となっている。

参考文献

Related Articles

Wikiwand AI