姦臣
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韓非子における姦臣
管子における姦臣
戦国策における姦臣
正史における姦臣
多くの正史、たとえば『新唐書』、『遼史』、『宋史』、『元史』、『明史』などで姦臣に関する章が設けられている。
その意義について『高麗史』では、世には常に姦臣がおり、君主が優秀であればそれを抑えられるが、そうでなければ危機が起きる。高麗では仁宗以後姦臣が相次いで出て国を滅ぼした。よって後世の戒めとして姦臣伝を作ると記している[9]。
遼史の姦臣
列伝の40巻と41巻(通巻では110巻と111巻)を「姦臣上」「姦臣下」にあてている。
序文では「『春秋』は褒貶と善悪を並べて書き、勧懲を示している。故に遷は(史記に)佞幸、酷吏の伝を、欧陽脩は(新唐書に)姦臣の録をおいているが、これは君主の鑑とするためであり、臣下の知とするためである。この天地聖賢の心は、国家の安危の機であり、治乱の原である。遼の耶律乙辛より出現した姦臣十人の敗国はみな戒めとするに足るものなので、この『伝』で列する」とし[10]、次の11人を掲載している。