子安神社 (大垣市)
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安産の神社として親しまれている[1]。境内にある跨ぎ石(神功皇后の鞍掛石)は夫婦で子宝を願い跨ぐと子宝に恵まれるという[1][2]。
創建時期は不詳。
日本三代実録に「授美濃國正六位上兒安神社従五位下」と記述されている兒安神社と推測され、国史見在社(式外社)の一つである[3][注釈 1][4][5]。
江戸時代、大垣藩藩主戸田氏が崇拝する。戸田氏鉄は子安神社内の竹で産刀を造り徳川家光に献上したところ、お楽の方(家光の側室)は安産で竹千代(後の徳川家綱)を出産したという[3][1]。
かつては子安大明神妊御前二社と称していたが、明治初期に子安香椎両社と称す。その後子安神社と若宮神社の両社となる[3]。