子猫物語
日本の映画作品
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ストーリー
牛小屋の中で生まれた7匹の子猫。そのうちの一匹、茶虎の牡猫チャトランは、パグ犬のプー助と親友になる。春のある日、プー助とかくれんぼをしていたチャトランは川岸にあった木箱に入り、そのまま流されてしまう。あとを追ってきたプー助は木箱に襲い掛かるクマ[注 1]と格闘する。滝つぼに落ちながらも懸命に耐えるチャトラン。こうしてチャトランとプー助の冒険が始まった。
無事に陸に上がった空腹のチャトランは、キツネが獲物を土に埋めているのを見つけ、こっそり失敬する。プー助はキツネにチャトランの行方を尋ねるが、遊びに夢中になってしまう。馬の背中に乗せてもらったチャトランは、たどりついた線路であやうく汽車にはねられそうになる。夜の森では迷子の子豚に出会い、母豚と兄弟たちのもとに送り届け、乳をもらう。
なおも旅を続けるチャトランは、川でしっぽをたらして魚を釣るが、アライグマ[注 2]に横取りされる。ようやくプー助と落ち合ったチャトランは牛の牧場に侵入。プー助は生まれたばかりの子牛に群がるカラスを追いかけ、どこかにいってしまう。
チャトランは夜の森でフクロウから獲物の魚をわけてもらう。海辺でカモメの巣に近づいたチャトランはカモメたちに追われ、崖から海に転落。浜にあがったチャトランは番小屋の中で休む。そこへクマ[注 3]が入ってきて、チャトランを襲う。チャトランは箪笥の上から物を落として熊を追い払う。蛇に追われて木に登ったチャトランは、深い穴に落ちてしまう。そこへやってきたプー助はロープを穴に落とし、チャトランを引き上げる。
秋になり、プー助と家路に着くチャトランは、白い雌猫と出会う。プー助は、雌猫とよりそうチャトランを見て姿を消す。冬、雌猫はチャトランの子を産む。春、父親になったチャトランは子猫たちを連れて外に出る。プー助も父親となり、子犬たちを連れている。大地には命があふれていた。
スタッフ
- 製作指揮:鹿内春雄
- 製作:日枝久、角谷優
- プロデューサー:緒方悟
- 企画:宮内正喜
- 原作・脚本・監督:畑正憲
- 協力監督:市川崑
- 撮影:藤井秀雄、富田真司
- 照明:山下礼二郎、煙草忠司
- 美術:坂口岳玄
- 録音:大橋鉄矢、信岡実
- 編集:長田千鶴子
- 音楽監督:坂本龍一
- 詩:谷川俊太郎
- 主題歌:『子猫物語』
- キャンペーンソング:『猫舌ごころも恋のうち』(歌:うしろゆびさされ組)[注 4]
- 音楽プロデューサー:宮田茂樹、朝妻一郎
- 音楽制作:ミディ、フジパシフィック音楽出版
- 動物飼育:ムツゴロウ動物王国
- 構成:南川泰三、日高真也
- 動物監督:畑三喜雄
- 音響効果∶小島良雄、斉藤昌利、中村佳央
- 監督補:上野尭
- 現像:東京現像所
- 録音スタジオ:東宝録音センター
- タイトル:デン・フィルムエフェクト
- 協力:ムツゴロウ委員会、ムツプロ、電通、東京コマーシャルフィルム、東亜国内航空
- 協賛:カルピス食品工業、カーネーション・ニッパイ
- 製作:フジテレビジョン
キャスト
製作
企画
『スポーツニッポン』1985年6月7日付の記事にムツゴロウ(畑正憲)監督が「世界初のネコを主人公にした映画を3年越しで撮影中」と伝える記事が載る[3]。仮タイトルは『子ネコ物語』で、撮影は北海道中標津町の畑監督の自宅、牧場、庭などで重点的に撮影が進行中[3]。内容は「一匹の子ネコが、ふとした悪戯心から外に出、ヒグマ、タヌキ、キタキツネ、犬など様々な動物に出会って心を触れ合い、冒険する姿を北海道の四季を織り混ぜながらメルヘンタッチで描く」とされた[3]。ネコを主人公にした映画の製作は畑の15年来の念願だったという[3]。主役のネコは40匹にのぼり[3]、当時は初代主役のネコの孫が主役を演じていた[3]。チャトランは鼻の下の模様などが異なる三代総勢40匹によるもの[3]。ネコは犬と違って調教が難しく、それがネコ主役の映画のネックになっていたという[3]。畑は「ネコ語は20語くらいあるから、動物と一緒に寝起きする私じゃないと、分からないノウハウがあります」と述べた[3]。製作費はフジテレビが全額出資[3]。この時点では1986年春に完成、夏の公開を予定しているが配給会社は未定と書かれている[3]。
撮影
北海道には生息しない本物のツキノワグマの子どもは人によく馴れており、何度か登場。プー助と熊との格闘はじゃれ合いしか見えないが、後半の番小屋内ではヒグマと見られる熊を至近距離からの撮影を行っている。同じ年に『ドン松五郎の生活』を撮った中田新一は「チャトランは死んだ」と証言している[4]。ビートたけしは公開当時、「30匹余のチャトランが撮影に使われたと聞いた。それも激流の滝の上から流されたり、高い所から飛び降りさせられたり、『あっち向け』『こっち向け』『立て』『座れ』『言うことを聞け』って、動物にとっては『残酷物語』そのもの」などと述べている[5]。冒頭から盛んに「子供論」が展開されるため、チャトランは子猫と思い込まされるが、何年も経ったとは思えないエンディングで、白い雌猫と恋仲になり、子を産んでいつ大人になったのかと驚かせる。
ナレーション
ナレーションを担当する露木茂フジテレビアナウンサー(当時)は、1980年に動物王国を訪ねた際、畑はどの動物にも家族のように愛情を注いでいたが、そのうちの1頭のヒツジをつぶして私たち取材班を歓待しようか、と畑が話していたことを聞き、ショックを受けたという[6]。
公開質問状
映画公開中に「日本みどりの連合」(太田竜代表)が「動物愛護の精神に著しく違反している」として、脚本・監督の畑正憲と畑が代表を務めるムツゴロウプロ、製作のフジテレビ、配給の東宝に対して公開質問状を突き付けた[7]。質問状の内容は「映画製作のために何匹の子猫を集め、何匹が犠牲になったか、現在の猫の処遇について」などで[7]、「日本みどりの連合」の栗原佳子は「子猫を木箱に入れて川に流すシーンは虐待に近い。猫は水を大変嫌いますし、また狭いところに閉じ込めるのもダメです。だからああいうことをやると猫は半狂乱になってしまいます。多分、猫の後脚を箱の中で縛って撮ったのではないでしょうか。撮影中に死んだ猫がいるという噂も出ているため、公開質問状を出しました」などと述べた[7]。これに対し、本作の動物トレーナーの一人・石川利昭は「撮影に使った猫は全部で30匹ですが、どの猫も元気で生きています。1匹も死んでません。川に流すシーンだって、映画で見れば危険そうですが、あれは撮影上のトリックです。滝だって猫が死ぬほどの高い滝じゃないです」などと反論[7]。畑監督も「あくまで疑うのなら報道陣に映画のラッシュを公開してもいい。残酷という点に関してはいろいろな見方があると思いますが、1匹たりとも死んでません。いくら調査しても構いません」などと反論した[7]。
宣伝
キャッチコピー
《いのちの音が聞こえてきます》[7]
フジテレビでの事前PR
フジテレビでは5月5日を「子猫の日」と名付け、1986年5月5日は『朝のプロ野球ニュース』(前夜の再放送)から深夜の『今日の視点』まで一日中の各番組において本作をPR、『FNNモーニングコール』『おはよう!ナイスデイ』『笑っていいとも!』『夕やけニャンニャン』などの生放送番組にチャトランを出演させた。また『オレたちひょうきん族』や1986年6月12日放送の『ムツゴロウとゆかいな仲間たち』(20:02 - 21:48)にも本作のコーナーを設けた他、本作公開2日前の1986年7月10日には、撮影裏話やエピソードなどを記録したドキュメント番組『ムツゴロウのゆかいな子猫物語スペシャル』(20:02 - 21:48)を放送した[8][9]。
作品の評価
興行成績
評論
ビートたけしは長く連載を持つ『週刊ポスト』のコラムで本作公開当時「動物が主人公の映画がはやるってことは、人間がどんどんバカになっている証拠。もはや何の考える気力も能力もなくなったやつらが、ただ動物の仕草だけを見て『わぁ、チャトランがかわいい』とか言ってるだけ。動物とガキを出せば当たるのは常識なんだから、そんな映画を見て、動物愛は純粋で美しいだの、ヘンな理屈を勝手につけて感動するんじゃないよ」などと批判している[5]。
受賞歴
ゲーム
1986年9月19日にポニーキャニオンより発売。
対応機種はファミリーコンピュータ ディスクシステム。