孤独感

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孤独感(こどくかん、: loneliness)は、望ましい対人関係や社会的つながりが十分に得られていないと本人が知覚したときに生じる、主観的で不快な感情状態である[1][2]心理学老年学公衆衛生などでは、広義の孤独一般や、客観的に対人接触・社会参加が乏しい状態を指す社会的孤立とは区別される、主観的経験として扱われる。人は一人で過ごしていても孤独感を抱かないことがあり、反対に、家族や集団の中にあっても孤独感を抱くことがある。近年は、健康、生活の質、社会政策との関連から、公衆衛生上の課題としても注目されている[1][2]

孤独感は、単に一人でいることそれ自体を意味しない。研究上は、本人が望む社会的関係と、実際に得られている社会的関係とのあいだにずれがあるときに生じる主観的経験として定義されることが多い[3]。したがって、人に囲まれていても孤独感を抱くことがあり、逆に一人で過ごしていても孤独感を抱かない場合もある[3]

英語圏では、自発的に一人でいることや静かな単独性を指す solitude と、苦痛を伴う loneliness は区別されることが多い[4]。このため、日本語の「孤独」一般よりも、心理学的・公衆衛生学的概念としては「孤独感」とする方が対象を明確にしやすい[5]

理論的枠組み

孤独感は、本人が望ましいと考える対人関係の質や量と、実際に得られている関係とのあいだにずれがあるときに生じる主観的経験として理解されている。この考え方では、孤独感は単なる接触頻度の不足ではなく、関係の充足度に関する認知的評価と結びついている[3][5]

また、孤独感は一時的な感情状態にとどまらず、他者に対する警戒や拒絶への予期、否定的な社会的情報への注意の向きやすさなどを通じて持続する場合があると考えられている。その結果、当事者が防衛的または回避的に振る舞い、かえって望ましい関係形成が困難になるという悪循環が生じうるとする説明もある[6]

類型

孤独感の類型としては、社会的孤独感情緒的孤独感の区別が広く用いられる[7]

社会的孤独感

社会的孤独感は、所属感や仲間関係、地域や集団とのつながりの不足に関わる孤独感である。友人関係、近隣関係、地域参加、職場や学校での関係など、より広い社会的ネットワークの欠如や弱さと関係づけられることが多い[7]

情緒的孤独感

情緒的孤独感は、親密で信頼できる特定の他者との結びつきが欠けているときに生じる孤独感である。配偶者、恋人、家族、親友などとの親密な関係の喪失や欠如と関連づけられることが多い[7]

研究や論者によっては実存的孤独に言及する場合もあるが、これは人間存在の有限性や他者と完全には共有しえない自己のあり方に関わる概念であり、社会的孤独感・情緒的孤独感ほど定義や測定が安定しているとはいえない。したがって、孤独感研究の中心的分類としては前二者がより一般的に用いられる[1][5]

社会的孤立との区別

群衆の中にあっても孤独感は生じうる

孤独感は主観的な経験であるのに対し、社会的孤立は対人接触や社会参加の量が少ないという客観的状態を指す。両者は関連するが、同一ではない[1][3]。たとえば、独居であっても十分な関係性に満足していれば孤独感は低い場合があり、反対に、家族や職場での接触があっても、関係の質に満足できなければ孤独感は高くなりうる[3]。両者はしばしば同時に観察されるが、必ずしも一致しない[1][3]

関連要因

孤独感に関連する要因としては、親密な他者との死別や離別、転居、転職・離職、失業、病気や障害、家族関係や職場・学校での人間関係上の問題、生活困窮などが挙げられている[1]。これらは、ライフイベント、健康状態、対人関係の質、経済的不安定といった複数の側面にまたがって孤独感と関わると考えられている[1]。また、青年期・若年成人期と高齢期の双方で孤独感が問題となりうることが指摘されている[1][8]

日本の内閣府による全国調査でも、孤独感に影響を与えた出来事として、「家族との死別」「一人暮らし」「転校・転職・離職・退職(失業を除く)」「人間関係による重大なトラブル」「心身の重大なトラブル」などが挙げられている[8]

デジタル機器やソーシャルメディア利用と孤独感との関係については、関連が示される研究や調査はあるものの、その関係は利用時間だけで一義的に説明できず、利用目的、対人関係の質、既存の孤独感の程度などによって異なると考えられている。日本の内閣府調査でも、スマートフォンの使用時間が長い層で孤独感が高い傾向が示されているが、そこから直ちに単純な因果関係を導くことはできない[8][6]

有病率・分布

孤独感は特定の年齢層に限られた現象ではなく、青年期、成人期、高齢期のいずれにもみられる。世界保健機関(WHO)の社会的つながり委員会は、世界では約6人に1人が孤独を経験しているとし、とくに若年層では約5人に1人、低所得国では約4人に1人と、より高い水準がみられるとしている[2][9][10]

日本の内閣府による令和6年の全国調査では、孤独感が「しばしばある・常にある」と回答した人の割合は全体で4.3%であり、20歳代では7.4%、30歳代では6.0%で、若年層で比較的高かった[8]。さらに、「しばしばある・常にある」「時々ある」「たまにある」を合わせると、約4割が何らかの孤独感があると回答している[8]。このことから、孤独感は高齢者のみならず、若年成人を含む幅広い層で重要な課題となっている[8][2]

健康への影響

孤独感は、抑うつ、不安、睡眠の問題、主観的健康感の低下など、さまざまな健康指標と関連することが報告されている[6]。さらに、慢性的な孤独感はストレス反応、健康行動、認知や注意の偏りなどを介して身体的健康にも影響しうると考えられている[6][11]

メタ分析では、孤独感や社会的孤立が全死因死亡のリスク上昇と関連することが示されている[12][13]。ただし、その関連の大きさや媒介機序は研究デザイン、対象集団、測定方法によって異なるため、個別の研究結果の解釈には注意が必要である[6][13]

測定

孤独感の測定には、自己記入式尺度が広く用いられる。代表的なものとして、UCLA Loneliness ScaleDe Jong Gierveld Loneliness Scale がある[14][7]

UCLA Loneliness Scale は孤独感を連続的に評価する尺度として広く利用されてきた。日本でも高齢者を対象とした日本語版や、多世代での使用を想定した短縮版の開発・検証が行われている[14][15][16]。De Jong Gierveld Loneliness Scale は、社会的孤独感と情緒的孤独感の区別を含む尺度として用いられ、短縮版も各国で検証されている[7]

対応・介入

孤独感への対応としては、単に他者との接触回数を増やすことだけでなく、関係の質の改善、所属感の回復、相談しやすい環境の整備、地域参加の促進、心理社会的支援などが検討されている[6][17]。孤独感は主観的経験であるため、客観的な接触機会の増加がそのまま改善につながるとは限らない[6][1]

近年の系統的レビューでは、介入の効果は一様ではないものの、心理的支援、社会的スキル形成、複数の目的を組み合わせた介入は比較的有望とされている[18][19]。また、医療、福祉、教育、職場、地域活動、デジタル技術など複数の領域をまたぐ取組が、孤独感の低減や社会的つながりの強化に資する可能性があるとされる[2]

公衆衛生と政策

孤独感と社会的孤立は、近年、公衆衛生および社会政策上の課題として国際的に重視されている。世界保健機関(WHO)は、2025年に公表した社会的つながり委員会報告において、孤独と社会的孤立が健康、福祉、社会全体に重大でありながら見過ごされがちな影響を及ぼすとし、社会的つながりを身体的健康や精神的健康と並ぶ重要課題として扱う必要性を示した[2][10]

日本では、2020年代以降、孤独・孤立が政策課題として本格的に扱われるようになった。政府は孤独を主観的概念、孤立を客観的概念として区別しつつ、相互に関連する問題として整理している[20][21]。また、孤独・孤立対策は人生のあらゆる段階で何人にも生じ得る問題への対応として位置づけられている[22]

政府の対応としては、孤独・孤立対策ウェブサイトの整備、全国調査の実施、相談支援体制の整備、官民連携プラットフォームの構築などが進められた。さらに、2023年に孤独・孤立対策推進法が成立し、2024年に施行された。これに基づき、孤独・孤立対策重点計画が2024年6月11日に策定され、2025年5月27日に改定された[22][23]。重点計画では、基本方針の提示に加え、相談支援、人材育成、官民連携、地域における支援体制の整備などが総合的・計画的に進められる施策として位置づけられている[23]

研究上の留意点

孤独感に関する研究では、孤独感と社会的孤立を区別することが重要である。両者はしばしば関連するが、客観的に接触が少なくても孤独感が低い場合があり、反対に接触が一定程度あっても孤独感が高い場合がある[1][3]

また、孤独感と健康指標との関連は多くの研究で報告されているが、横断研究も多く、因果関係の方向や媒介機序を一義的に確定することは容易ではない[6][13]。さらに、孤独感の測定尺度や文化的背景の違いにより、国や集団をまたいだ単純比較には慎重さが求められる[1][2]

脚注

参考文献

関連項目

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