孫俊 (孫和子) From Wikipedia, the free encyclopedia 孫 俊(そん しゅん、? - 266年)は、中国三国時代の呉の皇族。父は孫和。母は張妃。兄は孫晧・孫徳・孫謙。同母姉妹は陸景妻。なお、同名の人物に孫河の四男の孫俊がいる。 孫和の四男にあたるが、正妻だった張妃の嫡男として生まれた[1]。幼いときに両親に先立たれ、兄たちと一緒に父の側室であった何姫に育てられた。永安元年(258年)10月、孫休が即位すると、孫俊は騎都尉に任ぜられた[2]。 孫俊は聡明で物事の道理に通じていたため、国中での評判が高かったものの、宝鼎元年(266年)10月、兄の孫謙が呉興郡の施但の反乱に加担した罪で自害させられた後、長兄の孫晧によって殺害された[3]。 参考文献 陳寿、裴松之注『正史 三国志』、井波律子・今鷹真・小南一郎 訳・解説(ちくま学芸文庫全8巻、1992 - 93年)、※呉書は6・7・8巻、小南一郎訳。 脚注 [脚注の使い方] ↑ 『呉歴』 ↑ 『三国志』呉志 孫和伝 ↑ 『呉歴』 Related Articles