宇佐八幡神社 (神山町)
徳島県名西郡神山町にある神社
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歴史
徳島県神山町にある宇佐八幡神社(辰の宮)は、1220年(承久2年)に創建されたと伝わっている。戦国時代に一度荒廃したが、1507年(永正4年)に上桜城の城主である篠原左京大夫が豊前国の宇佐八幡宮を勧請して再興した[1]。
和気清麻呂が勅使として派遣されたことで知られる「宇佐八幡宮神託事件」が起きたのは769年(神護景雲3年)。この歴史的な事件の折、和気清麻呂が神託を受けた「宇狭の宮」が、この神山町の宇佐八幡神社(辰の宮)であるとする説があるが、詳細不明。
御祭神は現在、応神天皇を主祭神として神功皇后、仲哀天皇、仁徳天皇、大国主命、事代主命、外五十余社の神霊を奉祀する。明治3年(1870)大伊和大明神を大岩神社、八幡宮を宇佐八幡神社と改称し、同5年郷社に列した。
境内には3本の大クスが聳え、「辰の宮の大クス」として徳島県天然記念物に指定されている。「辰の宮」という名の由来は、神山の粟飯原儀左衛門と仁志長左衛門が鮎喰川原で開いた辰の市に由来する[2]。
祭神
由緒
境内由緒書 「宇佐八幡神社御縁起 鎮座地 名西郡神山町下分西寺 御祭神 應神天皇を主祭神として神功皇后、仲哀天皇、仁徳天皇、大国主命、事代主命、外五十余社の神霊を奉祀す 由緒 治承三年、上山が開創し一村を為せるに当り、村の長久安寧を念願し、承久二年此の地に社殿が建立されしも、歳移り政情変遷に社頭頽廃す。其の後、天災打続いて民心動揺せる時、領主植桜の城主(川島町)篠原左京之進が住民の願いを容れられて、豊前の国(大分県)宇佐に鎮座する宇佐八幡宮の分霊を勧請し、永正四年神殿を造営し守護神として奉祀せらる。之が当神社の嚆矢である。天正十一年、大洪水があり、上分奥屋敷に祀られていた大岩大明神が流されて下分大亀石に漂着し、現地で奉祀されたが、元和九年、此処に遷宮せり。其のため、上分南谷中ノ谷の大部分が今も尚、氏神として祭祀している。大正三年、村内無格社を当神社に奉祀し、更に同五年、境内諸社を合祀して神殿幣殿神門を新築し、以来境内整備に努め、老樟古杉と相映えて尊厳の極である。当神社は別名を辰ノ宮と尊称され、県下に知名高く、農土殖産開運の守り神として、広く崇敬されている。 年間行事 祈念祭 四月中旬 例大祭 十月十日 新嘗祭 十二月上展日 平成六年四月 宇佐八幡神社社務所」※送り仮名を平仮名に改め、句読点を入れた。
交通
- JR徳島駅より車で約50分。
- 徳島自動車道「藍住インターチェンジ」より車で約1時間。
