安楽寺城

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別名 安楽寺城、安楽寺砦
城郭構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
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安楽寺城
富山県
別名 安楽寺城、安楽寺砦
城郭構造 山城
築城主 不明
築城年 不明
主な城主 高橋與十郎則秋、松岡新左衛門、久兵衛
廃城年 不明
遺構 曲輪土塁、空
位置 北緯36度40分37秒 東経136度50分24秒 / 北緯36.67694度 東経136.84000度 / 36.67694; 136.84000座標: 北緯36度40分37秒 東経136度50分24秒 / 北緯36.67694度 東経136.84000度 / 36.67694; 136.84000
地図
安楽寺城の位置(富山県内)
安楽寺城
安楽寺城
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安楽寺城(あんらくじじょう)は、富山県小矢部市安楽寺にあった日本の城とやま城郭カードNo.86[1][2]

安楽寺集落の北西にある山頂に築かれている。主は南北が約50メートル、東西が約40メートル。土塁や空堀はあるが、全面にあるわけではなく、その他の平坦面もほとんどない。城というよりは砦に近い規模である。

築城の意図

源平盛衰記』には倶利伽羅峠の戦いの折、余田次郎ら3000騎が安楽寺から金峯坂を上り北黒坂(倶利伽羅峠を別名「礪波山」または「黒坂」と呼び、その東麓)へ向かわせたという記述(『平家物語』では北黒坂方面の大将は巴御前で、1000騎を率いて安楽寺を越えて弥勒山へ押し寄せて、となっている)がある。この倶利伽羅〜安楽寺〜今石動へと続く道を「北黒坂道」と呼ぶが、その他にも西に加賀国九折へ、また北西には加賀国莇谷〜鳥越城石川県津幡町七黒にあった城で、石川県白山市三坂町にあった鳥越城とは別)へと続く国境越えの道筋があり、安楽寺が当時の交通の要衝であったことを窺わせる。城はこれらの道筋を押さえる目的で築かれたと考えられる。

歴史

脚注

関連項目

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