安楽岡一雄 From Wikipedia, the free encyclopedia 生年月日 1947年5月10日出生地 群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)没年月日 (2017-02-12) 2017年2月12日(69歳没)出身校 法政大学経済学部経済学科卒業 日本の政治家安楽岡 一雄(安樂岡 一雄)やすらおか かずお生年月日 1947年5月10日出生地 群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)没年月日 (2017-02-12) 2017年2月12日(69歳没)出身校 法政大学経済学部経済学科卒業所属政党 (自由民主党→)無所属称号 旭日小綬章 館林市長当選回数 3回在任期間 2007年4月22日[1] - 2017年2月12日テンプレートを表示 安楽岡 一雄(安樂岡 一雄[2][3][4][5]、やすらおか かずお、1947年〈昭和22年〉5月10日[2][6][5] - 2017年〈平成29年〉2月12日[3])は、日本の政治家。位階は正五位。 館林市長(3期)。群馬県議会議員(3期)。 群馬県邑楽郡館林町(現・館林市)出身[2][5]。群馬県立館林高等学校卒[2][7]。1971年、法政大学経済学部経済学科卒業[2]。坂村吉正衆議院議員、谷津義男衆議院議員らの秘書、有限会社安楽岡代表取締役を経て、1995年に館林選挙区から群馬県議会議員選挙に出馬し初当選[2][3]。これ以降連続3期当選[3]。この間、自由民主党群馬県議団長、自由民主党群馬県支部連合会総務会長などを歴任[3]。 2007年、館林市長だった中島勝敬が病気のため市長を辞職したことに伴い、県議会議員を辞職して市長選に出馬。安楽岡のほかに立候補者が出なかったため、無投票当選を果たした。 市長を務めていた2011年に「たてばやし市民計画2020」が策定され、「水と緑と人が輝く共創都市たてばやし」という目標を掲げた[3]。2016年につつじが岡公園の歴史的・文化的価値を踏まえ、館林市つつじを愛し保護する条例を制定[3]。 群馬県ボート協会副会長、館林商工会議所顧問も務めた[3]。 市長3期目の在職中だった2017年2月12日、多臓器不全のため死去[8]。69歳没。死没日付をもって正五位に叙され、旭日小綬章を追贈された[9]。翌2018年3月、館林市名誉市民に推挙[3][5]。 脚注 出典 ↑ 市長の部屋 歴代市長の紹介館林市 1 2 3 4 5 6 あさを社 編『県政風雲録』 2巻《二十一世紀への架け橋》、あさを社、2000年1月30日、140-141頁。 1 2 3 4 5 6 7 8 9 館林市史編さん委員会 編『館林市史別巻 館林歴史人物事典』館林市、2024年3月31日、215頁。 ↑ 館林市議会だより - 館林市議会 2017年5月15日 (PDF) 1 2 3 4 “館林市名誉市民|館林市”. www.city.tatebayashi.gunma.jp. 2025年7月25日閲覧。 ↑ 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年、94頁。 ↑ “館高東京同窓会会報 第25号 平成23年2月” (PDF). tateko-hs.gsn.ed.jp. 群馬県立館林高等学校. p. 4. 2023年8月26日閲覧。 ↑ 【速報】安楽岡一雄館林市長が死去 現職市長は戦後6人目 上毛新聞ニュース 2017年2月12日 ↑ 『官報』第6981号(平成29年3月21日付)11頁参照 公職 先代中島勝敬 群馬県館林市長2007年 - 2017年 次代須藤和臣 表話編歴 群馬県館林市長 遠藤仁之輔1954.5.15-1970.5.14 岩上泰治1970.5.15-1977.11.14 山本達司1977.12.25-1997.12.24 中島勝敬1997.12.25-2007.2.28 安樂岡一雄2007.4.22-2017.2.12 須藤和臣2017.4.2-2021.4.1 多田善洋2021.4.2- カテゴリ Related Articles