安田安之
日本の新左翼活動家
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経歴
テルアビブ空港乱射事件
1972年5月、ドイツのフランクフルトなど欧州に潜伏した後、同月30日にローマからフランス航空機でテルアビブ空港へ移動してテルアビブ空港乱射事件(死者26人、重軽傷者73人)を起こした。この際、安田が所持していた偽造パスポートは「トリオ・ケン」の名義であった[1]。死因は「空港警備隊との銃撃戦で射殺された」や「奥平と共に自爆した」等諸説あるが、事件の際に奥平と共に死亡した。25歳没[1]。
安田の死体は、顔の判別がつかないほど損壊が激しかった。そばに破り捨てられた顔写真が散らばっており、復元して公開したところ家族が名乗り出て素性が判明した[6]。自宅に殺到した報道陣に対し、父親は「息子が憎い」と語り、寝込んだ母親は「死んでよかった」「かわいいとは思わない。憎しみだけの気持ちだ」との気持ちを伝えている[7]。