高校在学時は、韓国屈指の高校生スラッガーとして光州第一高校の崔熙涉とともに、高校二大巨砲と呼ばれた。後にチームメイトとなる奉重根は高校の後輩。LGツインズからドラフト指名されたが、延世大学校へ進学するため拒否。
大学入学後、1年生ながら4番に抜擢され李賢坤・申命澈・蔡相秉(チェ・サンビョン)らと強力な打線を形成。しかしその後はケガもあり成績が振るわず、結果的に成績は標準的なものになった。
プロ入りから2007年まで学生時代の輝きを失い、毎年のように1軍と2軍と行き来する結果になった。
2008年は、チームの4番打者崔東洙(チェ・ドンス)や朴龍澤までもがケガで開幕を迎えられず開幕1軍を果たす。プロ入り7年目でようやく初本塁打を放ち、韓国史上13人目のサイクルヒットも達成。次世代の主砲として期待されることに。
しかし2009年は、SKワイバーンズから李晋暎が移籍し、朴龍澤もケガから完全復帰して外野の厚みが増したため出場機会が減少。
翌2010年にも、李宅根の移籍や李炳圭の韓国復帰でLGの外野の層が厚くなり、前半戦は16試合しか出場できなかった。
同年7月28日、金善奎、朴顯俊、尹耀涉を相手にしたトレードで李載英、権容寬、崔東秀とともにSKへ移籍。
2011年は7月に4試合連続本塁打を記録するなど、シーズン後半やポストシーズンは打撃好調で初のシーズン2ケタ本塁打を記録した。
2012年以降出場機会が減り、2014年は一軍出場がなく2015年1月現役引退を表明した。
2015年より野球解説者に転身し活動中。