安藤哲郎

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安藤 哲郎(あんどう てつお[1]1926年大正15年)3月1日[1][2] - 2009年平成21年)7月4日[2])は、昭和から平成初期の地方公務員政治家。北海道網走市長(1974年-1998年)。

北海道常呂郡端野村(端野町[1]を経て現北見市)出身。1951年(昭和26年)北海道大学法経学部[1]自治庁総務省の前身の一つ)を経て北海道庁に入庁。1970年(昭和45年)同総務部次長[1]。1971年(昭和46年)同網走支庁長に就任[1]。網走支庁長在職中に網走市長選挙に出馬。1974年(昭和49年)網走市長に初当選[2]。以後、連続6期務め[1]全国市長会副会長などにも就任した。

在任中は、東京農業大学北海道立北方民族博物館を網走市に誘致し、女満別空港ジェット旅客機の発着化などに尽力。2009年、肺疾患のため83歳で死去[3]

受賞歴

脚注

参考文献

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