大阪府に生まれるも、間もなくして愛知県に移る。立教大学卒業後の1968年に広告代理店「三有社」に入社。その後しばらくして1973年に、現在まで勤務するサン・アドに入社。当時サン・アドの主要クライアントであったホンダが発売したシビックの「クリーン・エイジ1974」でTCC新人賞を受賞する。
その後は同社のメインクライアントのサントリーが発売する製品のコピーを手掛けてゆくと共に、1983年には同社から発売された[1]サントリー烏龍茶のコピー、「ウーロン茶はサントリー、のこと」で世間に知名度を浸透させると、その後現在に至るまでサントリー烏龍茶(同様に2006年にサントリーから発売された黒烏龍茶の広告コピーも担当している)の広告の企画・制作に携わる一方で、1991年から始まった村田製作所の新聞広告やCFコピーを担当するなど、今日に至るまで長い関係が続いている。