安長寺
愛知県豊田市にある寺院
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歴史
創建
文明9年(1477年)9月3日、加賀国大杉谷城主の杉浦安長は、本願寺の蓮如上人に帰依して正蓮坊円信と名乗ると、三河国加茂郡高橋庄大島郷(現・豊田市荒井町の兵主神社付近)に寺を創建して開基となった[3][4][5][6]。後にこの寺が安長寺となった[6]。
明応2年(1493年)、円信は加茂郡寺部村にあった明勝寺に入り、天台宗から浄土真宗に改宗した[5]。円信は大永2年(1522年)1月16日に没した[7][5]。
近世
幾度も境内が水害にあったことで、9世円智の代の宝永2年(1705年)、加茂郡梅坪村字大島から字土井(現・豊田市梅坪町7丁目)に移転した[8][5]。享保年間(1716年-1736年)ごろに本堂が再建されたと伝わり、寛延3年(1750年)には鐘楼堂も再建された[6]。宝暦13年(1763年)、10世照円の代に安長寺から出火して梅坪村大火となり、本堂や鐘楼堂が焼失した[9]。
梅坪村大火後、11世照慶の代に梅坪村内の現在地に移転した[5]。安永2年(1773年)ごろに本堂が再建され、天保3年(1832年)には山門も再建された[6]。幕末の万延元年(1860年)から文久年間(1861年~1863年)まで、15世照道による私塾が開校された[1]。
近代・現代
1942年(昭和17年)3月31日には宗教団体法の認可を受け、1954年(昭和29年)9月4日には宗教法人法による宗教法人安長寺が設立された[1]。
1979年(昭和54年)5月19日、愛知県立豊田西高等学校校長などを務めた戸田甚兵衛(豊田市政功労者)の葬儀が行われ、西山孝豊田市長などが参列した[10]。1984年(昭和59年)1月に本堂が取り壊され、1985年(昭和60年)には鉄筋コンクリート造による新本堂が竣工した[4]。
2017年(平成29年)10月27日、山門が登録有形文化財に登録された。

