宗興寺

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位置 北緯35度28分20.8秒 東経139度37分52.7秒 / 北緯35.472444度 東経139.631306度 / 35.472444; 139.631306座標: 北緯35度28分20.8秒 東経139度37分52.7秒 / 北緯35.472444度 東経139.631306度 / 35.472444; 139.631306
山号 開塔山
院号 日輪院
宗興寺
所在地 神奈川県横浜市神奈川区幸ケ谷10-6
位置 北緯35度28分20.8秒 東経139度37分52.7秒 / 北緯35.472444度 東経139.631306度 / 35.472444; 139.631306座標: 北緯35度28分20.8秒 東経139度37分52.7秒 / 北緯35.472444度 東経139.631306度 / 35.472444; 139.631306
山号 開塔山
院号 日輪院
宗派 曹洞宗
本尊 聖観世音菩薩
創建年 不詳
中興年 寬文1661年-1673年)の頃
中興 朝鑑秀賀
正式名 開塔山日輪院宗興寺
別称 大井戸寺
札所等 横浜三十三観世音霊場15番、旧小机領三十三所子歳観音霊場8番
宗興寺の位置(横浜市内)
宗興寺
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ヘボン博士施療所碑

宗興寺(そうこうじ)は神奈川県横浜市にある曹洞宗仏教寺院。山号は開塔山。ヘボン式ローマ字で知られる宣教師ジェームス・カーティス・ヘボンが施養所を開いていた。

歴史

創建は不詳だが、1440年永享12年)に八丈島宗福寺再建で当寺の僧が住職となったといい、1450年宝徳2年)の鎌倉八幡宮関係文書には当寺が記されている[1]

昔は真言宗神奈川宿の荒宿にあり、浜宿へ移り、1615年前後に徳川秀忠から寄進を受けて当地で本殿を建立したというが、その後火災で堂宇や記録は悉く焼失し中絶、寬文1661年-1673年)の頃に本覚寺の朝鑑秀賀が中興して曹洞宗に改めた[1]

文政年間(1818年-1831年)には客殿をも有していたが、1849年に焼失、1855年安政2年)に再建した[1]

1859年安政6年)の横浜開港後は、アメリカデュアン・シモンズマーティン・ワイコフらが居住し、その後ジェームス・カーティス・ヘボンが施養所を開いた[1]

1923年大正12年)の関東大震災では灰燼に帰すも、直後に仮堂を建築して復興する[1]1945年昭和20年)の横浜大空襲でも甚大な被害を受ける。

境内

  • 本殿 - 近代的外観で、2階が本堂になっており、仏像をはじめ様々な木彫刻や襖絵が並ぶ。
  • 六地蔵
  • 観音堂 - 境内の山上にあったが、山が神奈川砲台築造で削り採られたので山下に移すも、関東大震災で被災して復興されず[1]
  • ヘボン博士施療所記念碑
  • 神奈川の大井戸 - 徳川秀忠上洛の折には茶の湯に使われ、明治天皇行幸時も用いられた名水[1]江戸時代には東海道中の名井戸に数えられ、宗興寺を「大井戸寺」と呼ぶほどで、この水を売る水屋がいたという。井戸水の増減で明日の天気がわかるとされ、「お天気井戸」の異名があった。[2]
神奈川の大井戸

所在地・交通

脚注と出典

関連項目

外部リンク

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