実相院 (世田谷区)
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所在地
東京都世田谷区弦巻三丁目29番6号
位置
北緯35度38分23.3秒 東経139度38分39.2秒 / 北緯35.639806度 東経139.644222度座標: 北緯35度38分23.3秒 東経139度38分39.2秒 / 北緯35.639806度 東経139.644222度
山号
鶴松山[1]
宗旨
曹洞宗[1]
| 実相院 | |
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| 所在地 | 東京都世田谷区弦巻三丁目29番6号 |
| 位置 | 北緯35度38分23.3秒 東経139度38分39.2秒 / 北緯35.639806度 東経139.644222度座標: 北緯35度38分23.3秒 東経139度38分39.2秒 / 北緯35.639806度 東経139.644222度 |
| 山号 | 鶴松山[1] |
| 宗旨 | 曹洞宗[1] |
| 本尊 | 薬師如来[1] |
| 創建年 | 不詳 |
| 開山 | 天永琳達大和尚[1] |
| 開基 | 吉良左兵衛佐氏朝[1] |
| 札所等 | 西国第十七番札所、玉川北百番、世田谷区内三十三所[2] |
| 文化財 | 薬師如来坐像[3]、観音菩薩像[4] |
| 法人番号 | 8010905000210 |
実相院(じっそういん)は、東京都世田谷区弦巻にある曹洞宗の寺院[5]。詳名は鶴松山実相院。世田谷吉良氏との関係が深く、開基とされる吉良氏朝の法号実相院とその夫人の法号である鶴松院から寺号がつけられている[1]。吉良氏の菩提寺である勝光院の末寺[6]。
実相院は天永琳達大和尚により創建[8]。開基は吉良氏朝またはその子頼久といわれている[8][注釈 1]。
1590年(天正18年)主家の小田原北条氏の滅亡により、吉良家は下総に逃れたが、徳川家康の江戸入府後に吉良氏朝は世田谷に戻り、実相院で隠居したとされる[10][11]。寺名は氏朝の法名実相院殿前従四位下学翁参玄大居士より、山号は夫人の法名鶴松院快窓寿慶大姉による[12]。
徳川家光より1648年(慶安元年)に10石の朱印状を拝領されている[12]。ただし、1868年(慶応4年)に檀家数の減少(12軒)のため朱印地を返上した。
明治初期には勝光院と合併の話が出て廃寺になる寸前に至ったが、住職はじめ檀家の努力によりもちこたえることができた[6]。
明治40年代に実相院住職の佐々木義宣により旧荏原郡西部の中学卒業者で四三会が結成される[13]。