宮原麗子
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長野県岡谷市生まれ。[2]。父は岸田劉生に師事し一水会会員、日展委嘱作家であった洋画家の高橋貞一郎、弟は女子美術大学名誉教授の洋画家高橋靖夫である。因みに麗子の名は、父が岸田劉生の娘麗子から名づけたと言われている。
1949年(昭和24年) 長野県岡谷東高等学校卒業。高校在学中に長野県美術展(県展)に入選するなど若いころから、その才能を発揮していた。その後女子美術大学洋画科入学。在学中から一水会展と女流画家協会展へ作品を出品しはじめ、本格的に絵の道を志すようになった。女子美術大学卒業後は、同校の講師を勤めたり、自宅を解放して絵画教室を開くなどしてきたが、一貫して絵画制作に没頭してきている。現在は、女流画家協会委員、一水会会員、信州美術会会員、日本美術家連盟会員などで活躍している。
1984年(昭和59年) ヨーロッパへ取材旅行に出掛けたのをきっかけに、しばしばヨーロッパを訪れ、そのモチーフが以降の作品に大きく反映されている。また、宮原の娘・宮原むつ美が画家として、スペインを拠点に制作活動を行っており[3]、2006年(平成18年)には、スペインのマドリードで娘との二人展を開催した。
展覧会は、公的美術館での企画展、個展開催など多数。また、各種展覧会へ出品、受賞をしている。特に父貞一郎、麗子、弟靖夫の親子三人展の開催は特色あるものとなっている。
なお、2000年(平成12年)には、紺綬褒章を受賞している。
2008年一水会委員に推挙される。