宮尾しげを
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東京出身。本名は重男。生家は士族商法の鼈甲細工師であった[1]。精美中学校を卒業[2]。
17才の時岡本一平に師事[1]。東京毎日新聞社を経て、大正11年(1922年)東京毎夕新聞社に入社[2]。
1922年「東京毎夕新聞」(10月16日)に子供向け物語漫画「漫画太郎」を連載してデビュー。代表作は「団子串助漫遊記」。戦時中より江戸の庶民文化を研究、戦後はこれに専念した。
日本民謡協会理事長、日本民俗芸能協会理事、日本浮世絵協会理事、国立劇場専門委員、文化財保護審議会専門委員などを歴任した[2]。その他、日本漫画家協会名誉会員、日本浮世絵協会・日版会の理事などをつとめた[1]。
日本文芸家協会・日本民俗学会・日本近世文学会・日本演劇学会・日本風俗史学会等の会員でもあった[1]。