宮尾岳
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香川県立高松工芸高等学校出身[4][5]。高校在籍時に部活動として同校の漫画同好会(当時)に所属[6]。高校卒業後、1977年に上京[7]し東京デザイナー学院に進学[8]。 1979年[7]、東京デザイナー学院を卒業後はアニメーション製作会社に所属し、東京ムービー新社や日本アニメーション作品の動画・原画を担当、副業として請け負っていた玩具パッケージや児童向け書籍の作画の縁からデザイン・企画会社のアートミックへ所属、同社の鈴木敏充のアシスタント的ポジションで腕を振るう。『機甲創世記モスピーダ』『メガゾーン23』などのデザインワーク、タカトクトイスのロボット玩具『機甲虫隊ビートラス』のキャラクターデザインなどを経てフリーとなり、『魔物ハンター妖子』のキャラクター原案といったイラストレーターとして注目を浴びる。『妖子』で注目される前は『幽幻道士』の塗り絵イラストの原画などを描いていたと語っている。1993年以降は漫画家としての活動が中心になっている。
自転車を軸に物語を展開する代表作『並木橋通りアオバ自転車店』で自転車が大好きだと語り、他作品でもしばしば自転車や自転車に関連するものや名前を登場させている。